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2018/12/15

和漢三才圖會第四十三 林禽類 鸚䳇(あふむ) (オウム・インコ)

 

Oumu

 

あふむ 鸚哥 乾皐

    臊陀【梵書】

    【和名阿布無

 字鵡同】

イン ウヽ

[やぶちゃん注:「あふむ」はママ。正しい歴史的仮名遣は「あうむ」である。

 

本綱鸚嬰兒之學母語故字從嬰母有數種丹咮鈎

吻長尾赤足金晴深目上下目瞼皆能眨動舌如嬰兒其

距前後各二異於衆鳥其性畏寒卽發顫如瘴而死飼以

餘甘子可解或云摩其背則瘖或云雄者喙變丹雌者喙

黑不變凡大者爲鸚小者爲鸚哥

陳眉公祕笈云廣南多鸚鵡毎飛數千頭凡養之俗忌以

手頻觸背犯者多病顫而卒土人謂鸚鵡瘴

緑鸚 大如烏鵲數百羣飛南人以爲鮓食

紅鸚 大亦如烏紫赤色其小俗曰緋鸚哥

白鸚 大如母雞出西洋南蕃

五色鸚 大於白鸚而小於綠者性尤慧利

△按大明一統志云瓜唾國有鸚鵡山出鸚鵡

                 寂蓮

 哀れともいはゝやいはん言のはを返すあふむの同し心に 

 

 

あふむ 鸚哥〔(いんこ)〕 乾皐〔(かんこう)〕

    臊陀〔(さうだ)〕【梵書。】

    【和名、「阿布無」。

     「」の字、「鵡」に同じ。】

イン ウヽ

 

「本綱」、鸚嬰兒の母の語を學ぶごとし。故、字、「嬰」「母」に從ふ。數種有り。丹〔(あか)〕き咮〔(くちばし)〕、鈎〔(かぎ)〕の吻〔(くちさき)〕、長き尾、赤き足、金の晴〔(ひとみ)〕、深き目、上下の目-瞼〔(まぶち)〕、皆、能く眨〔(またた)く〕。動く舌〔は〕嬰兒のごとし。其の距〔(けづめ)〕、前後各々二つ〔にして〕衆鳥と異〔(ことな)る〕なり。其の性、寒を畏れ、卽ち、顫〔(ふるへ)〕を發し、瘴〔(おこり)〕のごとくにして死す。餘甘子〔(よかんし)〕を以つて飼〔へば〕解くべし。或いは云ふ、「其の背を摩〔(ま)〕するときは、則ち、瘖〔(いん)〕す」、或いは云ふ、「雄は、喙、丹〔(あか)〕に變じ、雌は、喙、黑にして變ぜず。凡そ大なる者、鸚と爲し、小なる者、鸚哥〔(いんこ)〕と爲す」〔と〕。

陳眉公が「祕笈〔(ひきふ)〕」に云はく、『廣南、鸚鵡多く、毎〔(つね)〕に飛ぶこと數千頭、凡そ之れを養ふに、俗、手を以つて頻りに背を觸るることを忌む。犯す者、多く顫〔(ふるへ)〕を病みて卒〔(そつ)〕す。土人、「鸚鵡瘴」と謂ふ。

緑鸚〔(みどりあうむ)〕 大いさ、烏〔(からす)〕・鵲〔(かささぎ)〕のごとく、數百、羣れ飛ぶ。南人、以つて鮓〔(なます)〕と爲して食ふ。

紅鸚〔(べにあうむ)〕 大いさ、亦、烏のごとく、紫赤色。其の小さき者、俗に「緋鸚哥〔ひいんこ)〕」と曰ふ。

白鸚〔(しろあうむ)〕 大いさ、母雞〔(めんどり)〕のごとし。西洋・南蕃より出づ。

五色鸚〔(ごしきあうむ)〕 白鸚より大にして、綠なる者より小なり。性〔(しやう)〕、尤も慧利〔(けいり)たり〕。

△按ずるに、「大明一統志」に云はく、『瓜哇(ジヤワ)國、鸚鵡山有り、鸚鵡を出す』〔と〕。

                 寂蓮

 哀れともいはゞやいはん言〔(こと)〕のはを

    返すあふむの同じ心に

[やぶちゃん注:オウム目オウム科 Cacatuidae のオウム及びインコ類ウィキの「オウム目」によれば、『オウム目(鸚鵡目、Psittaciformes、英語では Parrots)はおおよそ』三百五十『種類』、八十五『属からなる鳥類の目のひとつで英語では psittacines』(カタカナ音写:シィタァサァィン)『としても知られており、インコ目(鸚哥目、音呼目)と呼ばれることもある。ほとんどの温暖な地域や熱帯地方で見ることができる。通常二つのグループに分類されており、それぞれインコ科(Psittacidaetrue parrots)とオウム科(Cacatuidaecockatoos)とよばれている』。『オウム目に固有の特徴として、強靭な湾曲した嘴、直立した姿勢、強力な脚、そして鉤爪をもった対趾足の趾(あしゆび)などがあげられる。ほとんどのインコ科の鳥は全身が主に緑色で、部分的にほかの明るい色をしているが、中には多彩な色をした種類もある。オウム科の鳥ではその色彩はほとんど白からおおむね黒の範囲に及び、可動する羽根の冠(冠羽)をその頭頂部にもつ。ほとんどのオウム目の鳥は性的単型であるか最小限の性的二形である』(『以下オウム目の鳥全般を指してインコと呼ぶ。これにはいわゆるインコとオウムのすべてが含まれる)』。『インコはカラス、カケス、カササギと並んで最も知能の高い鳥の一つであり、またその人の言葉をまねする能力からペットとして高い人気を博している。ペット売買を目的とした捕獲が、これ以外の狩猟、居住地の破壊および移入種との競合と同様に、野生の生息数の減少を引き起こしており、ほかのどんな種類の鳥のグループよりも多くのインコの種が絶滅の危機に瀕している』。『ほとんどのインコの食餌のなかで最も重要な構成要素は、種子、ナッツ、果実、花粉とその他の植物性の素材で、いくつかの種は昆虫や小動物も食べる。またヒインコは花や柔らかい果実から蜜や果汁を採食することに特化している。ほとんどすべてのインコが木の洞(飼育下では巣箱)に巣をかけ、白い卵をうみ、晩成の雛を孵す』。『現存する種類では、その大きさはアオボウシケラインコ』(インコ科インコ亜科ケラインコ属 Micropsittini 族アオボウシケラインコ Micropsitta pusio:ニューブリテン及びニューギニアの棲息。『Buff-faced Pygmy-parrot)の』十グラム『以下』、八センチメートル『からスミレコンゴウインコ』(インコ科 Anodorhynchus 属スミレコンゴウインコAnodorhynchus hyacinthinus:ブラジル固有種。『Hyacinth Macaw)の体長』一メートル、『フクロウオウム』(インコ亜科 Strigopini 族属フクロウオウム属フクロウオウム Strigops habroptilus:ニュジーランド固有種の夜行性オウム。:『Kakapo)の体重』四キログラム『にまで及ぶ。かれらは体長という項目に関して最も変化に富んだ分類目の鳥である。 並外れたインコとしては性的二型性のオオハナインコ』(属 Eclectus : ニューギニア・オーストラリア・ソロモン諸島周辺に棲息。『雄は緑色で雌は赤色である)』『などがあげられる』とある。小学館「日本大百科全書」の「オウム」では世界で全三百三十五種棲息するとする。

 さて、ウィキの「オウム」(狭義のオウム科 Cacatuidae の記載)では、

ヤシオウム属 Probosciger

Callocephalon属(オーストラリア南東沿岸のみに棲息する希少種アカサカオウムCallocephalon fimbriatum で知られる)

オカメインコ属 Nymphicus(飼育種(ペット)として最も好まれる小型種、オウム科オカメインコ属オカメインコ Nymphicus hollandicus が含まれる)

Calyptorhynchus 属(Calyptorhynchus 亜属とZanda 亜属の二亜属を含む)

Eolophus 属(オーストラリア固有種 Cacatuinae 亜科モモイロインコ Eolophus roseicapilla が知られる)

Lophochroa 属(大型で、鳥類では非常に長命な種として知られるCacatuinae 亜科クルマサカオウム Lophocroa leadbeateri が有名。ウィキの「クルマサカオウム」によれば、環境によるが、四十年近く生きることが可能で、最も長命だったとされるシカゴのブルックフィールド動物園で飼われていた「クッキー」は推定八十三歳まで生きた)

オウム属 CacatuaCacatua 亜属とLicmetis 亜属の二亜属を含む。ペット種の多くはこの属に含まれるようで、種も多い)

七属を挙げる。

 一方、ウィキの「インコ」(狭義のインコ科 Psittacidae の記載)によれば、『インコ(鸚哥、true parrots)はインコ科(鸚哥科、Psittacidae)に属する約』三百三十『種類の鳥の総称で、オウム目(Psittaciformes)を構成するふたつの科のうちの一つである。もうひとつの科であるオウム科(Cacatuidae)の鳥も英語ではparrotsとよばれるが、インコ true parrots には分類されない。インコはオウムよりも広く分布しており、アメリカ、アフリカ、アジア、オーストラリアとポリネシアに至る太平洋東方まで生息している種がある』。『インコ科は、インコ亜科(一般のインコとその仲間)とヒインコ亜科のふたつの亜科』(両方とも学名を添えていない)『から構成される。しかしこれとは異なる分類法もあり、これらふたつのグループがインコ科(Psittacidae)とヒインコ科(Loriidae)と呼ばれ、正規の科として記述される場合もある』。『ほとんどのオウム目の鳥がそうであるように』、『インコ科の鳥も基本的に種子食である。個々の種によって多少バリエーションがあり、果実、ナッツ、葉そして昆虫や、時には他の動物を捕食するものも種類によっては存在する。ヒインコは主に花の蜜を食べているが、他のインコも同様に蜜を食べる。ほとんどのインコは木のウロに巣をかけ、一夫一婦でつがいを作る』。『九官鳥と同様、教えることによって人語やその他の 音声をまねて発声するようになる。記録では』百『語以上発話できた個体もいる』とある。分類が論争対象らしいので、オウムのようには示さない。かわりに、小学館「日本大百科全書」の分かり易い記載を引用しておく。インコは『鳥綱オウム目の鳥。オウムとインコは主として外観上の違いにすぎないが、小形のもの、および大きさに関係なく全身が緑や赤など鮮やかな色彩に富み、尾が長いものを一般に「インコ」とよぶ。これに対し、大形または中形で尾が短く、羽冠の発達しているものを「オウム」とよんでいる。「インコ」はヒインコ科とインコ科に、「オウム」はオウム科にほぼ相当するが、モモイロインコ、オカメインコはオウム科であり、ケアオウム(別名ミヤマオウム)』(ウィキではオウム目フクロウオウム科ミヤマオウム属ミヤマオウム Nestor notabilis としている)『とフクロウオウムはインコ科に属するなど例外があり、「オウム」型のヨウムもインコ科に分類される。「オウム」の種類は』二十『種たらずであり、「インコ」とよばれる種のほうが圧倒的に多い』。『インコ類は大きさ、色彩ともに多型的で、カラス大の大形種からスズメ大の小形種まであり、尾はくさび状のものが多く(角尾もある)、中央尾羽はとくに伸長したり変形したりする。翼は尖翼(せんよく)形が多く、飛翔』は『迅速である。羽色は赤と緑の原色を主とし、黄、黒、青、紫、ときに白色を交え、美麗な種が多い。雌雄は一般に同色であるが、特例として、ニューギニア島産のオオハナインコ(雄の名)Larius roratusは、雄は緑色、雌は赤色型でオオムラサキインコの名をもつ。声は一般に甲高く、鳴き騒ぐものがあるが、オーストラリアのビセイインコPsephotus haematonotusだけは羽色が美しいだけでなく、玉のような美声の持ち主である。オウム類に劣らず人語もまねるものに、西アフリカのヨウムPsittacus erithacusや熱帯アメリカのボウシインコの類(Amazona属、種類が多く』、二十七種を数える『)があるが、これも大形、角尾でオウム型である。しかし、オーストラリア原産のセキセイインコMelopsittacus undulatusなども単独で子飼いのものは人語をまねるものがある。これらの種はみな群性(社交性)が強く、大群をつくり、互いに鳴き交わして生活するが、人に単独で飼われると、その「社交性」が満足されず、人を「鳴き相手」として人語をまねるようになる。一般に鳥類は生来のさえずりのほかに、親の歌、近隣の同種、他種のさえずりなども取り入れて歌う習性をもっているのである』。『インコ類は世界の熱帯地方と南半球、とくにオーストラリア区に多産し、森林性であるが、草地群生性、地上性、少数の高山性、夜行性の種類もある』。『食物は木の実、果実がもっとも多く、地上性の穀食のものもある』。『オウム、インコ類は嘴と足指を上手に用いて枝をよじ登り、食物を片足でうまくつかみ(その右利き、左利きもある)、嘴でかじる。また、行動学的な実験でカラスに劣らぬ成績を示し、大脳構造のうえからも鳥類中で優れている』。『紀元前からヨーロッパで飼われた記録があるが、飼い鳥としては』一八四〇年、著名な『イギリスの鳥類学者ジョン・グールド』(John Gould 一八〇四年~一八八一年)『がセキセイインコをオーストラリアから持ち帰ったのに始まる』一八七二年には、『野生群に黄色』・『青色の変異が発見され』、一九一〇年以降、世界的に『飼い鳥として』の『繁殖が盛んとなり、その後大形セキセイ、まだら品種などが作出された。その他の種も飼い鳥として多く飼われ、大形種は』三十『年以上、最長は』八十『年ぐらいも生きた例がある』。『飼い鳥として』丈夫『であるが、蜜食のヒインコ類やサトウチョウ』オウム目オウム科サトウチョウ属サトウチョウ属Loriculus。熱帯アジア産)『(頭を下にして、ぶら下がって休む習性がある)の類などは餌』の工夫が必要である、とある。

 本邦への渡来は、「日本書紀」に飛鳥時代の大化三(六四七)年の『大化三年十二月是』という纏め記載の中に、『新羅遣上臣大阿飡金春秋等、送博士小德高向黑麻呂、小山中中臣連押熊、來獻孔雀一隻、鸚鵡一隻』と、番いと思われる二羽が献上されたとあるのが初出のようである。平安時代でもかなり希少なものであったらしく、清少納言は「枕草子」の鳥尽くしの章段でも、

   *

鳥は異所(ことどころ)のものなれど、鸚鵡(あうむ)、いとあはれなり。人の言ふことをまねぶらむよ。

   *

と冒頭に興味津々で挙げながら、その最後で現在推量の「らむ」を用いており、実際に見聴きしてはいないことが判るのである。

 因みに私も小・中学生の頃、インコ科インコ亜科セキセイインコ(背黄青鸚哥)属セキセイインコ Melopsittacus undulates を複数回飼って繁殖させたことがある。インコは好きだが、しかし、オウムは嫌いだ。小学生の時に指に大穴を開けられて以来、あいつは激しいトラウマ生物である。

 

「あふむ」「鸚」「鸚鵡」「和名類聚鈔」では巻十八の「羽族部第二十八 羽族名第二百三十一」に、

   *

鸚鵡 「山海經」に云はく、『青羽・赤喙。能く言(ものい)ふ。名づけて「鸚」【「櫻」「母」の二音。】と曰ふ』〔と〕。郭璞が注に云はく、『今の鸚鵡【音、「武」。】脚指前後、各々両(ふた)つある者なり。

   *

とある。「櫻」の音は歴史的仮名遣で「アウ」で、母は呉音が「ム」であるから、源順は正しく「あうむ」を示している。

「瘴〔(おこり)〕」「瘧(おこり)」に同じい。中国で悪しき「瘴気(しょうき)」によって発症すると考えられた、一種の風土病。その主たる疾患は近代以前の日本と同じ熱性マラリアである。

「顫〔(ふるへ)〕を發し、瘴〔(おこり)〕のごとくにして死す」及び後の『凡そ之れを養ふに、俗、手を以つて頻りに背を觸るることを忌む。犯す者、多く顫〔(ふるへ)〕を病みて卒〔(そつ)〕す。土人、「鸚鵡瘴」と謂ふ』これは明らかに、オウム病クラミジアである真正細菌クラミジア門 Chlamydiae クラミジア綱クラミジア目クラミジア科Chlamydiace Chlamydophila psittaci(或いは Chlamydophila abortusを加えて挙げるものもある)に感染することによって発症する人獣(鳥類・哺乳類)共通感染症、オウム病(psittacosisparrot fever)である。鳥類はオウム病クラミジアの自然宿主であり、ヒトは感染鳥類の排泄物・汚染羽毛・糞便の塵埃の吸入・オウムとの口唇等での接触などによって感染する。名称から誤解されるが、小動物などの鳥類以外から感染する場合もある。感染症法では全数届け出が義務づけられている第四類疾患(人から人へは感染せず、動物や飲食物を介して感染し得るもので、消毒(動物処置も含む)が必要な疾患)。「日本獣医学会」公式サイト内の岐阜大学応用生物科学部福士秀人氏の「オウム病」によれば(コンマを読点に代えた)、『歴史的には』十九『世紀の末に、オウムを主とする外来のトリとこれらのトリに接触した人における肺炎の関連性が疑われました』。一八九五年に『ラテン語でオウムを意味する言葉に因み,この感染症に「オウム病 psittacois」という呼称が与えられました』。一九二九年から一九三〇年に『熱帯から輸入されたオウムインコ類(ボウシインコと思われる)によるオウム病の流行がヨーロッパにおいて発生し,被害は』十二『ヵ国約』八百『人におよびました。日本では』昭和五(一九三〇)年に『キューバから横浜へ帰港した船員が,我が国では最初のオウム病とされています。国内での初発例は』昭和三二(一九五七)『年です。このように非常に古くから知られた疾患です』。『 オウム病の原因菌はクラミジアとよばれる偏性細胞内寄生性細菌です。細菌の一種なのですが,細菌培養用の培地では増殖できず,ウイルスと同じように生きた細胞の中でのみ増殖します。他の細菌には見られない形態学的変化を伴う増殖環を有しています』(リンク先に増殖環(サイクル)の図がある)。『C. psittaciの宿主域は広く、鳥類ではオウム目を含む』十八目百四十五種『から報告されています。野生のオウム・インコ類におけるクラミジアの保有率は約』五%『といわれています。クラミジア感染鳥のほとんどは不顕性感染で、間欠的に排菌します。感染鳥が排泄する糞便にはクラミジアの感染性粒子である基本小体が多数含まれます。基本小体は乾燥に強く、環境中で感染性を保っています』。『鳥類のクラミジア感染症はほとんどが不顕性感染ですが、ひな鳥の初感染では一部の感染ひな鳥は発症し死亡し、他は保菌鳥となります。保菌鳥は輸送、密飼いなどのストレス、栄養不良などの要因が引き金となり』、『発症します。発症鳥の症状は鳥種、日齢により異なり、軽症から重症まで様々であり、時として死亡します。通常、元気消失、食欲減退、鼻腔からの漿液性ないし化膿性鼻漏があります』。『緑灰色下痢便、粘液便が見られることもあります。急性例では症状に気付かないまま死亡することもあります。発症した場合、鳥類では早期に治療されれば回復しますが、時期を逸すると多くの場合、死亡します』。『ヒトの発症は急性型と徐々に発症するものがあり、臨床症状も軽度のインフルエンザ様症状から、多臓器障害を伴う劇症型まで多彩です』七『から』十四『日の潜伏期の後に悪寒を伴う高熱で突然発症し』、一~二週間、『持続します。頭痛,。羞明、上部ないし下部呼吸器疾患および筋肉痛などのインフルエンザ様症状を主徴とします。悪心、嘔吐を伴う場合もあります。未治療の場合,発熱は』二『ヶ月以上にわたって継続することもあ』りますが、通常は二『週目より徐々に解熱します』とある。ヒトの場合、多臓器障害を伴った劇症型でない限りは死に至ることはないようだが、どうも私はこの後の方の文は、鸚鵡のことだけでなく、「犯す者」という語が、それに触れてオウム病に感染罹患した人も死ぬということも含んいるのではないかと思うのである。何故なら、「卒」は元来、身分の高い人物(中国では士大夫階級の人間)が死ぬことに用いる漢字だからである。

「餘甘子」キントラノオ目コミカンソウ科コミカンソウ属ユカン Phyllanthus emblica のこと。油柑。中文ウィキの同種を見られたい。標題は「餘甘子」である。ウィキの「ヨカン」によれば、『コミカンソウ科(旧トウダイグサ科)コミカンソウ属の落葉高木。マラッカノキ、アンマロク』『(庵摩勒:サンスクリット名 amalaka から)、アムラ』『ともいい、中国では余甘子などと呼ばれる。インドから東南アジアにかけての原産で熱帯・亜熱帯に栽培され、果実が食用になる。横向きの小枝に長楕円形の葉が』二『列、密に互生する。葉腋に緑色の花が咲き、秋に果実が熟す』。『英語では myrobalan(ミロバラン)と呼ぶが、これは本種のほか』、『シクンシ科モモタマナ属(Terminalia)のカリロク(』『ミロバランノキ Terminalia chebula)『やバラ科スモモ属のミロバランスモモ(別名: cherry plum; 学名: Prunus cerasifera)のように分類学的にまるで異なる複数の種を指し得る』ので注意が必要。『果実はインドで古くから食用・薬用に利用されている。繊維質で酸味とタンニンによる渋味があり、そのままあるいは料理の材料として食用にされるが、南インドでは特に漬物とすることが多い。ビタミンCを豊富に含む』。『アーユルヴェーダにて使用されるハーブの一つ』とある。東洋文庫版割注には、『果実。口に入れると初めは苦渋く、あとで甘くなるという』とあり、上記の記載とも一致する。

「解くべし」寒さのために震顫(しんせん)反応が起こって死ぬことから救うことが出来る、の意でとっておく。

「摩〔(ま)〕する」撫でる。

「瘖〔(いん)〕す」ものを言わなくなってしまう。

「陳眉公」明末の書家・画家陳継儒(一五五八年~一六三九年)。同時代の書画家として著名な董其昌(とうきしょう 一五五五年~一六三六年)の親友として知られる。ウィキの「陳継儒」によれば、『字を仲醇、号を眉公・麋公と称した。松江府華亭県泖橋(現在の上海市金山区楓涇鎮』『)の人。書は蘇軾・米芾』(べいふつ)『などに師法した。またその文才は王錫爵・王世貞らに推賞されるほどであった』。二十九『歳の時に崑山に草庵を建て』て『隠遁し』、『晩年は東佘山に隠れた。度々宮廷から招聘されたが』、『生涯』。『仕官することなく、文筆をもって生計を立てた。書画に造詣が深かったが、自らは余技として墨竹・山水を得意とした。董其昌とは終生の友情を分かち合った』とある。

「祕笈」は陳継儒が収集した秘蔵書を校訂して刊行した全九十二冊から成る叢書「眉公宝顔堂秘笈(びこうほうがんどうひきゅう)」のこと。

「緑鸚」「本草綱目」所載であること(巻四十九「禽之三林禽類十七」の「鸚」に「綠鸚、出隴蜀而滇南交廣近海諸地尤多。大如烏・鵲、數百羣飛。南人以爲鮓食」とある)と体色及び体長から見て、全長五十五~六十センチメートル(カラス・カササギ大である)で全身が淡緑色を呈するオウム目インコ科ホンセイインコ属オオホンセイインコ Psittacula eupatria 或いはホンセイインコ属の仲間であろうかと思われる。オオホンセイインコは中国大陸・インドシナ半島・ネパール・ブータン・バングラデシュ・インド・パキスタン・アフガニスタンに分布するが、現在ではオランダ・トルコ・イラン・アラビア半島・イスラエル・北アメリカ。日本に外来種として移入分布してしまっている(ウィキの「オオホンセイインコに拠った)。

「鮓〔(なます)〕」酢・塩・粕(かす)漬け。

「紅鸚オウム目インコ科ヒインコ(緋鸚哥)亜科 Loriinae のヒインコ類の類であろう。ウィキの「ヒインコによれば、東南アジアにも棲息しており、緋色(赤)だけでなく、非常に明るい多様な色彩の羽毛を纏っていることが判る。

『其の小さき者、俗に「緋鸚哥と曰ふ』ヒインコ亜科ヒインコ属ヒインコ Eos bornea か。中国には棲息しないが、インドネシアから持ち込まれた可能性が高い。

「白鸚」真っ先に思い浮かぶのは、白いオウムで最も巨大なオウム目オウム科 Cacatuinae 亜科オウム属キバタン(黄芭旦)Cacatua galerita である。オーストラリア及びパプア・ニューギニアとその周辺部に棲息する白いオウムで、頭部に黄色い冠羽を有するそれであるが、その小振りに見紛うオウム属コバタン(小芭旦)Cacatua sulphurea よいか。インドネシア(スラウェシ島及びその周辺の島嶼や小スンダ列島)固有種(文字通り「南蠻」だ)で、現在、香港では移入個体が野生化しているらしいから、相応しい。コバタンは全長三十三センチメートルで体重は約三百三十グラム。

「五色鸚〔(ごしきあうむ)〕」その名にごく近い種ならば、オウム目オウム科 Trichoglossus 属ゴシキセイガイインコ(五色青海鸚哥)Trichoglossus haematodus がいるウィキの「ゴシキセイガイインコによれば、『分類は議論の余地があり、しばしば複数の種に分けられる』。『オーストラリア、インドネシア東部、パプアニューギニア、ニューカレドニア、ソロモン諸島、バヌアツ。オーストラリアでは、ゴシキセイガイインコはクイーンズランド州から南オーストラリア州、タスマニア州北西部にかけての東海岸で普通に分布する。生息地は雨林や海岸線の低木地帯、森林地帯である』。『また、西オーストラリア州のパース』、『ニュージーランドのオークランド』、『香港』『に移入された』。体長は二十五~三十センチメートル(本文の白鸚鵡より大きいに合わないが、そもそもがオウム・インコ類は比較的長寿なわけだから、同年齢固体かどうかは判らぬし、孰れも海外から持ち込まれる場合は、羽色が褪せていない若年個体が多いと思われるから問題あるまい。但し、人語や音楽を真似るそれは学習を考えると、ある程度の成長をしている個体ではあろうが)。『体色は亜種によって様々であるが、たとえばオーストラリア東部で観られるゴシキセイガイインコでは頭部と腹部は濃紺色から青紫色、背面、尾羽は明るい緑色、そして胸部とくちばしはオレンジ色である』。『餌は花の蜜や花粉であり、蜜や花粉を食べるのに適した舌を持っている』とある。

・「慧利」智慧(知恵)が発達していて聡いこと。

・「「大明一統志」明の勅撰の地理書。一四六一年完成。全九十巻。

・「瓜哇(ジヤワ)國」ジャワ(Java)島。現在のインドネシア共和国の中心を成す島嶼。十七世紀からオランダが領有していた。

・「鸚鵡山」不詳。但し、ジャワ島東部にはヒンドゥー教を奉ずる古代王朝クディリ王国(九二九年~一二二二年)があったが、ウィキの「クディリ王国によれば、『クディリ王国の経済は、海外交易によるところが大きかった。『諸蕃志』には、ジャワの輸出品として、象牙、サイの角、真珠、龍脳、白檀などの香木、ウイキョウ、チョウジ、ニクズク、ヒッチョウカと呼ばれる胡椒の一種、クリスと呼ばれる短剣の一種、胡椒そのもの、硫黄、紅花、白オウム、刺繍糸、綿、綾布などがあったとされ』、『中国の商船の目当ては胡椒であった』とある。胡椒の買取に訪れた際、土産に白オウムが持ち込まれた可能性はすこぶる高かろう。

「哀れともいはゞやいはん言〔(こと)〕のはを返すあふむの同じ心に」「寂蓮」(保延五(一一三九)年頃?~建仁二(一二〇二)年:平安末から鎌倉初期の歌人。僧俊海の子。俗名は藤原定長。伯父の藤原俊成の養子となり、官は中務少輔となったが、応保二(一一六二)年に定家が生まれたことから家督を譲って出家、寂蓮を称した。以後、歌道に専念し、和歌所寄人となり、「新古今和歌集」の撰者にもなったが、撰進前に死去してしまった。勅撰集に百十七首が入集する)これは正治二(一二〇〇)年の「正治初度百首」に載るものと思われる。――もし「愛(いと)しいとそなたが呟くのならば、言ってみようか? 言葉をそのままに返す鸚鵡と同じ心持ちで――という残酷な歌である。この一首で、寂蓮は一発で厭になったぞ、俺は!]

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