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2018/12/08

宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 風景とオルゴール

 

        風景とオルゴール

 

爽かなくだもののにほひに充ち

つめたくされた銀製の薄明穹(はくめいきう)を

雲がどんどんかけてゐる

黑曜(こくやう)ひのきやサイプレスの中を

一疋の馬がゆつくりやつてくる

ひとりの農夫が乘つてゐる

もちろん農夫はからだ半分ぐらゐ

木(こ)だちやそこらの銀のアトムに溶け

またじぶんでも溶けてもいいとおもひながら

あたまの大きな曖眛な馬といつしよにゆつくりくる

首を垂れておとなしくがさがさした南部馬

黑く巨きな松倉山のこつちに

一點のダアリア複合体

その電燈の企畫(プラン)なら

じつに九月の寳石である

その電燈の献策者に

わたくしは靑い蕃茄(トマト)を贈る

どんなにこれらのぬれたみちや

クレオソートを塗つたばかりのらんかんや

電線も二本にせものの虛無(きよむ)のなかから光つてゐるし

風景が深く透明にされたかわからない

下では水がごうごう流れて行き

薄明穹の爽かな銀と苹果とを

黑白鳥のむな毛の塊が奔り

  ⦅ああ お月さまが出てゐます⦆

ほんたうに鋭い秋の粉や

玻璃末(はりまつ)の雲の稜に磨かれて

紫磨(しま)銀彩(ぎんさい)に尖つて光る六日の月

橋のらんかんには雨粒がまだいつぱいついてゐる

なんといふこのなつかしさの湧あがり

水はおとなしい膠朧体だし

わたくしはこんな過透明(くわとうめい)な景色のなかに

松倉山や五間森(ごけんもり)荒つぽい石英安山岩(デサイト)の岩頸から

放たれた剽悍な刺客に

暗殺されてもいいのです

  (たしかにわたくしがその木をきつたのだから)

  (杉のいただきは黑くそらの椀を刺し)

風が口笛をはんぶんちぎつて持つてくれば

  (氣の毒な二重感覺の機關)

わたくしは古い印度の靑草をみる

崖にぶつかるそのへんの水は

葱のやうに橫に外(そ)れてゐる

そんなに風はうまく吹き

半月の表面はきれいに吹きはらはれた

だからわたくしの洋傘は

しばらくばたばた言つてから

ぬれた橋板に倒れたのだ

松倉山松倉山尖つてまつ暗な惡魔蒼鉛の空に立ち

電燈はよほど熟してゐる

風がもうこれつきり吹けば

まさしく吹いて來る劫(カルパ)のはじめの風

ひときれそらにうかぶ曉のモテイーフ

電線と恐ろしい玉髓(キヤルセドニ)の雲のきれ

そこから見當のつかない大きな靑い星がうかぶ

   (何べんの戀の償ひだ)

そんな恐ろしいがまいろの雲と

わたくしの上着はひるがへり

   (オルゴールをかけろかけろ)

月はいきなり二つになり

盲ひた黑い暈をつくつて光面を過ぎる雲の一群

   (しづまれしづまれ五間森

    木をきられてもしづまるのだ)

 

[やぶちゃん注:同じく大正一二(一九二三)年九月十六日の作。「宗教風の戀」と同じく、花巻近郊の大沢温泉に行った時のものであるが、本篇と後に続く「風の偏倚」と「昴」は、その描写から、その帰り、夕刻から宵のロケーションである。本詩篇は本書以前の発表誌等は存在しない(「正誤表」所収は前の篇で終わっているので以降は示さない)。「手入れ本」特に大きな変異はないと判断して示さない。

・「あたまの大きな曖眛な馬といつしよにゆつくりくる」「曖眛」の「眛」はママ。原稿も「曖眛」。「昧」のこの「眛」は別字であるものの、意味の上での「くらい・目がよく見えない」という共通性はある。しかし「曖昧」はあくまで「昧」で「眛」ではないので誤字である

・「なんといふこのなつかしさの湧あがり」原稿は「なんといふこのなつかしさの湧きあがり」で脱字と思われるが、読めないことはない。

・「石英安山岩(デサイト)」この「デサイト」のルビは底本では「石英安山」の部分にのみ等分に「デサイト」と配されてある。馬鹿正直に読むと「デサイトぐわん(がん)」となる。原稿は「石」の右下に「サ」「英安」の間に「サイ」「岩」の右上に「ト」であるから、「石英安山岩」四文字に「デサイト」と振っていることが判る。まあ、「デサイトぐわん(がん)」はおかしいと大方は気づく。

・「ひときれそらにうかぶ曉のモテイーフ」原稿は「ひときれそらにうかぶウヰリアムテルロシニ曉のモテイーフ」である。最終校正で「ロシニ」(作曲家のロッシーニ)をカットしたものらしい。

「薄明穹(はくめいきう)」「穹」は蒼穹・穹窿・大空のこと。この「薄明」は、ロケーションと当日の賢治の動きから、時制的に日の入り後の天空のぼんやりした明るさを指している。

「黑曜(こくやう)ひのき」黒曜石のような檜(ヒノキ科ヒノキ属ヒノキ Chamaecyparis obtusa)。

「サイプレス」糸杉類(球果植物門マツ綱マツ目ヒノキ科ヒノキ亜科イトスギ属 Cupressus)を指し、英語の「Cypress」(サイプレス)のことであるが、ここは無論、この発音を賢治が好んだだけで、普通のスギである。ヒノキ科スギ亜科スギ属スギ Cryptomeria japonica である。

「銀のアトムに溶け」薄明の名残の朧げな粗い光の粒子の充満に溶明し。

「南部馬」旧南部藩で改良された岩手県の在来馬であったが、西欧並みの騎兵戦力を持とうと、明治政府が大型の国外品種と在来種の雑種による改良を強引に進めた結果、純粋な南部馬は昭和初期には絶滅してしまった。このシークエンスに登場するのは謂わば、その最後の幻の南部馬の面影なのである。

「松倉山」三百八十四メートル。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「一點のダアリア複合体」これは以下の「その電燈の企畫(プラン)なら」/「じつに九月の寳石である」/「その電燈の献策者」と続くところから、これは「ダアリア」(キク目キク科キク亜科ハルシャギク連ダリア属 Dahlia)の大きな花が複数合体したような感じで、眩しく大きく点灯している一本の新式のお洒落な(ランプ・シェイドがちょっとダリアの花を思わせるような感じに造形されていたのかも知れない)街路灯のことと読める。彼が今歩いている豊沢川沿いは、大沢温泉の他に複数の温泉地へ向かう道であるからして、そうしたハイカラなものが突然立っていても、これ、おかしくもなんともない。

「靑い蕃茄(トマト)を贈る」「蕃茄(トマト)」は言わずもがな、ナス目ナス科ナス属トマト Solanum lycopersicum の異名(漢字和名)。トマトは南アメリカのアンデス山脈高原地帯(ペルー・エクアドル)原産であるが、中国を経由して入ったことから。ここでの「蕃(ばん)」は単に「外国」の意。恐らく多くの人は何故、褒賞として「靑い」トマトなのかと訝しがるであろうが、どうも賢治は「青いトマト」というイメージが非常に好きだったようなのである(賢治は食材としてのトマトも好きで、自身で栽培もしていたと、松井潤氏のブログ「HarutoShura」の本詩篇の解説(分割掲載の一つ)にある)。そもそもここの部分だけを見てみても、その美しい街灯を賢治は「九月の寶石」(参考までに添えておくと、九月の誕生石は「サファイア(sapphire)」で賢治の好きなものであり、石言葉は「慈愛・誠実・徳望」である)と称えている。青いトマトは若さ・初々しさをシンボライズすると同時に、賢治にはあの硬さと色に野菜の宝石のような好印象を持っていたのではなかったか?

「クレオソートを塗つたばかりのらんかんや」この「クレオソート」(Creosote)は「正露丸」の臭いで知られる「木クレオソート」(ブナなどの乾留によって得られる)とは別の、「クレオソート油」(Creosote oil:成分としてフェノール類が多いという点で「木クレオソート」と共通することから二種はかく呼ばれているだけである)で、コール・タール(coal tar)を蒸留して得られる液体。「石炭クレオソート」或いは「工業用クレオソート」とも呼び、枕木や電柱といった屋外で使用される木材の防腐剤として用いられてきた。現在はその殆んどがタイヤ用ゴムやインク・トナーに用いられるカーボン・ブラックの原料として使用される。但し、発癌性がある。黒くくそれを塗った記憶が独特の強い臭いとともにあるのも、恐らく私の世代が最後かも知れない。

「電線も二本にせものの虛無(きよむ)のなかから光つてゐるし」よく判らない。しかし前の、

街灯・雨上がり(だから濡れていて街灯の光りも映える)の整備された道・クレオソートを塗ったばかりの欄干を持つ橋

と並べ立ててきて、これを挟んで、

「風景が」どんなに「深く」不自然に消毒され「透明にされ」綺麗になってしまっ「たかわからない」

と読み解くならば、ここは街灯のハイカラはいいけれど、道や橋が、自然を侵犯し、遂には目に見えない「偽物(にせもの)の」魔法の「電線も二本」、偽物の「闇」、精気のない、近代科学技術に「虛無」(きょむ)「のなかから光つてゐる」のだと批判的に言っていると読むことは可能であろう。さればこそ、そこで、それらから目を意識的に外した賢治の耳に、谷川の水の流れが「ごうごう」と響くことで、そうした現実社会(世界)への不快感は除去されてゆくのではあるまいか。

「苹果」今までは「りんご」と訓じていることが多かったが、ここは前が「銀」(ぎん)であるから、「ひやうくわ(ひょうか)」と音読みすることとする。ここは無論、宵闇の大気の感じを爽やかな銀色やリンゴの匂いに喩えたものである。

「黑白鳥のむな毛の塊が奔り」千切れて吹き去って行く雲の形容。「黑白鳥」は「くろはくてう(くろはくちょう)」で「Black Swan」、カモ目カモ科ハクチョウ属コクチョウ Cygnus atratus のこと。「奔り」は「はしり」。

「ああ お月さまが出てゐます」当時の月の出は早く、午前十一時六分からずっと出ていて、月の入りは午後九時三十三分であった。翌日が上弦であった。

「鋭い秋の粉」秋の季節の雰囲気を「鋭い粉」とし、それが次の「玻璃末(はりまつ)」ガラスの粉末を引き出し、その研磨剤で出来た「雲の稜」(かど)「に」月が「鋭」く「磨かれて」最後の三日月となって「紫磨(しま)銀彩(ぎんさい)」(「紫磨金(しまごん)」「紫磨黄金(しまおうごん)」という語が平安時代からあり、「純粋な金」の称である。なればこそ、「紫色を帯びた純粋の黄金」で、これを一単語として採ると、四字を纏めて発音することになるのであるが、どうも「しまぎんさい」は発音の抑揚が平板になりがちで響きが如何にも悪い(命名の悪い南方系海藻の和名みたようじゃないか)。「しま」でブレイクして「ぎんさい」と読むのがよいと私は思うので、かく読みを分けた。徹底的に磨きをかけられて紫がかった銀色に妖しく光っているのである)に光って尖っているという波状的な縁語的手法である。

「六日の月」当日は旧暦八月六日。

「なんといふこのなつかしさの湧あがり」雨上がりの八月の宵である。揮発する、湧き立ち昇ってくる、自然の匂い。それらが、古い懐かしい記憶を、くすぐるのだ。こんな体験は夏の夕暮れによくあるもんさ。

「膠朧体」(「体」はママ)「こうろうたい」は賢治の好きな「コロイド(状態の物質)」(colloid)のこと。賢治の造語であろう。川の流れが穏やかにゆっくりになったことを指す。

「過透明(くわとうめい)な景色」「透明を越え過ぎた不自然な透明」の意。ここは前の文化によって漂白されてしまってそんなになってしまったというニュアンスで採る。いくら目を反らしても、それらはいやがおうにも侵犯するはずだからである。

「五間森(ごけんもり)」松倉山と、その西麓を南北に流れるこのロケーションの豊沢川から約三・五キロメートルの位置にある、標高五百六十九メートルの山。大沢温泉の西。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「石英安山岩(デサイト)」デイサイト(dacite)。ウィキの「デイサイト」によれば、『火成岩の一種。深成岩の花崗閃緑岩に対応する。過去には「石英安山岩」と呼ばれていたが、成分的にデイサイトであっても石英結晶を含まないものもあり、また現在では安山岩よりも流紋岩に近いという考え方が主流であることから、「石英安山岩」の名称は使われなくなった』。『火山岩は岩石全体の成分(特に』二酸化珪素『SiO2の比率)で分類され、デイサイトはSiO2が』六十三~七十%『でアルカリ成分の少ないもの。通常は斑状組織を持つ。色は白っぽいことが多いが、噴出条件や結晶度などにより多様である』。『斑晶および石基として、有色鉱物である黒雲母・角閃石・輝石、無色鉱物である斜長石・石英等を含む』とある。

「岩頸」「ぐわんけい(がんけい)」。既出既注。「火山岩頸」の略。火山体が浸食されて、火道(かどう:volcanic vent:マグマが地中に貫入したその通り道)を満たしていた溶岩などが塔状に露出して残った岩体。岩栓(がんせん)・突岩(とつがん)とも呼ぶ。山塊・山麓・海岸線・海中等に楯状に突き出る岩の塊りで、大きなものでは、アメリカ合衆国ワイオミング州北東部にある、スピルバーグの映画「未知との遭遇」(一九七八年日本公開)で知られるようになった「デビルス・タワー(Devils Tower)」がそれ。

「放たれた剽悍な刺客に」/「暗殺されてもいいのです」/「(たしかにわたくしがその木をきつたのだから)」/「剽悍」「へうかん(ひょうかん)」と読み、「すばしっこくて荒々しく強いこと」である。如何に、先のように自然界を単純化し、不毛化する科学技術の「建設」を批判しても、結局は自分も、そうした自然の法則を徹底的に破壊〈=破戒〉し尽さずにはおられぬ、まさに「〈修羅〉に生きる人間どもの一人」である。だから、暗殺されるべき存在であり、暗殺されていい存在なのだ。確かにそう、私も、その木の一本を無惨に伐った野蛮な人間の一人なのだ。

「そらの椀」夕昏の穹窿。「刺し」には闘争性がシンボライズされている。杉の木=自然の、対人間へのそれか。

「風が口笛をはんぶんちぎつて持つてくれば」この日帰りの大沢温泉行には同行者はいない感じがする。また、賢治は口笛を吹くのが好きだったらしい。さすれば、この半分千切れた口笛を吹いたのも、それが耳に持って来られのも、賢治であるととらねばならない(通行人というのは論外であり、他の事物や自然物の出した音とするのも、それを賢治が完全亥読み解けない形で隠喩するとは本詩篇をここまで辿って来た結果として、私にはあり得ないとしか言われない)。それは丁度、タルコフスキイがカメラをスローモーションをかけて例えば左にパンさせると、同じ部屋の中であるのに、直後に右でアウトした同一人物が左から出現するのと同じだ。即ち、ここで賢治は時空間を切り取ってそれを自在にモザイクしているのだと私は採る。

「(氣の毒な二重感覺の機關)」これは前に現れた賢治の、自然の一部であるべきエコロジカルな人間観と、社会的人間としての自然に対する行動悪の現実という、自然と人間についての二律背反の内実を「二重感覺」とし、そのアンビバレンツを「氣の毒な」「機關」と換喩したとすれば、私には腑に落ちる。

「わたくしは古い印度の靑草をみる」闇が深くなり、川沿いに生えている草が、立体性を失い、模様のように変じて見えているのであろう。「印度の靑草」というのはよく判らないが、唐草模様のことか。但し、ウィキの「唐草模様」によれば、この意匠は『古代ギリシアの神殿などの遺跡でアカイア式円柱などに見られる草の文様が唐草文様の原型であり、メソポタミアやエジプトから各地に伝播したと考えられて』おり、『日本にはシルクロード経由で伝わったとされている』とあり、インド由来ではない。まあ、天竺は広義の西方の異国だから問題ないか。これをイスラム美術のアラベスク(arabesque)と採ってもよいが、そちらもインド発祥ではない。

「葱のやうに橫に外(そ)れてゐる」闇は深くなっても、河岸の飛沫の白は見えている時間である。

「そんなに風はうまく吹き」/「半月の表面はきれいに吹きはらはれた」/「だからわたくしの洋傘は」/「しばらくばたばた言つてから」/「ぬれた橋板に倒れたのだ」川浪が白く立つのは流れの速さではなく、強い風によるものであり、だからこそ、その強風は天空をも上手く吹いて半月(既に述べた通り、翌日が上弦の正半月であった)を綺麗に磨き上げて「塵」は「吹き」払われている、そんなとんでもない強風「だから」、「わたくしの洋傘は」「しばらく」「ばたばた言つてから」バシャン! と「ぬれた橋板」(橋に引き渡した架橋板)「に」音を立てて「倒れたのだ」というのである。

「松倉山松倉山尖つてまつ暗な惡魔蒼鉛の空に立ち」言わずもがな、「尖つてまつ暗な惡魔」とは「松倉山」を指す。「蒼鉛」は既出既注。ビスマス(Bi)で、純正のそれは淡く赤みがかった銀白色を呈する。

「電燈はよほど熟してゐる」沿道に転々と立つ街灯の複数のそれであろうが、通電点灯して時間がたったために、赤み或いは黄色みが増しているのであろう。

「劫(カルパ)」劫(こう)。インド哲学に於いて極めて長い宇宙論的な時間単位。サンスクリット語の「カルパ」(ラテン文字転写:kalpa)の漢音写「劫波(劫簸)」の省略形。仏教では比喩はあっても具体的数値を示さないが、同根のヒンドゥー教では一劫は四十三億二千万年とし、古代の循環的宇宙論にあって、一つの宇宙(或いは一つの世界)が誕生し、消滅するまでの期間を「劫」と称し、また、ブラフマー(仏教では梵天)の一日(半日とする説もある)に等しいとも言う(以上はウィキの「劫」に拠った)。「劫(カルパ)のはじめの風」というのは、恐らく、地球の誕生から現在までの時間約四十六億年前の時間と同じ、四十数億年の新たな「劫」の開始の起点を、今、ここを「はじめ」として捉えているとみてよかろう。ここには賢治の自然史観の中に、この今という時代・時期が、一つの新しい時代の始まりがあるとする確信がここにあることを意味している。それが希望的楽観的なものか、悲観的絶望的なものであるか、その辺りは、〈希望的楽観的な一方の賢治〉に言わせるなら、「風がもうこれつきり吹けば」で、それは「ひときれそらにうかぶ曉のモテイーフ」のように期待に満ちたもののようではある(原稿が初めに「ひときれそらにうかぶウヰリアムテル曉のモテイーフ」であることがそれを物語る。これは人口に膾炙したイタリアの作曲家ジョアキーノ・アントーニオ・ロッシーニ(Gioachino Antonio Rossini 一七九二年~一八六八年)が作曲したグラントペラ(フランス語:grand opéra)「Guillaume Tell」(ギヨーム・テル(ウィリアム・テル)」の、序曲であるかの牧歌的なイントロを持つ「ウィリアム・テル序曲(フランス語:Ouverture de Guillaume Tell:一八二九年・フランス王立音楽アカデミー劇場初演)のことである。言わずもがなであるが、この「曉」はクラッシク音楽の〈暁のモチーフ(motif:動機・主題)〉の意であって、ロケーション上の時刻は暁ではなく、晩宵である)。しかし、同時に並列される詩句「電線と恐ろしい玉髓(キヤルセドニ)の雲のきれ」(「玉髓(キヤルセドニ)」(ぎょくずい)は既出既注。元は鉱物 chalcedony(カルセドニー)で、石英(二酸化ケイ素(SiO2)の結晶)の非常に細かな結晶が網目状に集まって緻密に固まった鉱物の変種。美しいものは宝石として扱われる。脂肪光沢であったり、透明・半透明、白・灰・淡青・褐色等を呈する。ここはそれを雲の色として形容した(モディファイした)もの)という反自然の不吉な「にせものの虛無きよむ)の中の」「電線」とやはり不安で禍々しい「恐ろしい雲の」切れ端が怖ろしい速さで千切れ飛んでゆくイメージは、明らかに〈絶望的悲観的な別な一方の賢治〉の戦きの意識ではあるまいか? この後者の漠然とした訳の分からない不安が、また賢治の内なる〈ぐるぐる廻りの迷妄〉として「(何べんの戀の償ひだ)」を惹起させることになる。この「(何べんの戀の償ひだ)」は明らかに「雲とはんのき」の、

   *

  (ひのきのひらめく六月に

   おまへが刻んだその線は

   やがてどんな重荷になつて

   おまへに男らしい償ひを強ひるかわからない)

   *

に応じている表現である。

「そこから見當のつかない大きな靑い星がうかぶ」但し、この繰り返し出現する彼の苦悩は、ある意味で詩篇創作そのものの意義を全否定すること、更には賢治がその償いとして自らの命を絶つことにダイレクトに繋がるもの(と私は既に解釈している)であるから、ここでそれを持ち出すのは、言い捨ての「(何べんの戀の償ひだ)」で逆に抑制され、さらに視線はそうした茨のような内向から反転して、天空へ向かうようにここでセットされているのだと思う。既に述べた通り、私は星に冥く、感心もない(恐らく生涯関心は持たぬ)ので、また、ギトン氏のこちらに頼る。この「大きな靑い星」(星暗愚の私は木星かとも思ったが、この時期、木星はこんな高い位置には見えないのではないかとも星暗愚の私であるが思ったものである)についてギトン氏は、『当日時の星空を再現してみますと、午後6時から8時まで、ベガはずっと天頂付近に出ています』。『「風景とオルゴール」の「大きな青い星」は、木星だと言う人もいます』が、『木星は、青くはないのです』。『星の色の見えかたは個人差があるかもしれません』。『たしかに、当日時には、木星が南西の低空に出ていて、ちょうど賢治が歩いてゆく方向の正面です。しかし、詩行を見ると』、「電線と恐ろしい玉髄(キヤルセドニ)の雲のきれ」/「そこから見當のつかない大きな靑い星がうかぶ」『とあって、動いてゆく雲の間から光って見えているようすで、低空とも天頂ともとれます。あまり低空だと、山に隠れてしまうかもしれません』。『それに、低空の方がよいのなら、当日時には、乙女座のスピカ(1.04等星)が西の低空にあります。スピカは、ベガよりさらに青みが強くて、正真正銘の「青い星」です。そういうわけで、木星を「青い星」にするのは無理だと思います』として、琴座の主星「ベガ」(織姫星)であるとされる。なお、ギトン氏はそこから、本書に先行する自己犠牲を主題とする童話「よだかの星」(推定大正一〇(一九二一)年頃の作)で(同作のエンディングは以下)、

   *

 それからしばらくたつてよだかははつきりまなこをひらきました。そして自分のからだがいま燐の火のやうな靑い美しい光になって、しづかに燃えてゐるのを見ました。

 すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の靑じろいひかりが、すぐうしろになつてゐました。

 そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。

 今でもまだ燃えてゐます。

   *

と「よだか」が「靑い星」となったとすることから、保阪嘉内との関係を読み解いておられる。興味深い考察であるが、私のここでの仕儀からは脱線するので省略させて戴く。なお、ここでは注意にしなくてはいけないことがあり、それは「よだかの星」のそれはベカではないこと、「よだかの星」の「靑い星」は実は賢治の虚構であって実在はしないことである。

「がまいろ」「蒲色」で単子葉植物綱イネ目ガマ科ガマ属ガマ Typha latifol の夏に出現するあの円柱形の穂の色である(穂の下部は赤褐色で太く、雌花の集まりであり、穂の上半分は細く、雄花が集まり、開花時には黄色い葯が一面に出る。以上はウィキの「ガマに拠った)。

「(オルゴールをかけろかけろ)」ギトンで、『道路に沿って架設された電線が、強風に引き裂かれる悲鳴のような高い唸り声』を指すとされる。

「月はいきなり二つになり」/「盲ひた黑い暈をつくつて光面を過ぎる雲の一群」「暈」は「かさ」。ギトン氏は同じところで、『月もまた、作者を脅すかのように、まっ二つに分裂』『して怪異を示します』。但し、『この“月の分裂”も、気象現象として合理的に理解することは可能で』、二『とおりの案があるようです』。①は、「盲ひた黑い暈をつくつて光面を過ぎる雲の一群」と『あるように、雲が月の前を通過したので、月面が二つに分裂して見えた』という説、②は、『大気中の氷晶が光を屈折して、暈と白虹の交点に別の小さい太陽や月が見える現象(幻日)』とするもの。『ただし“幻月”は非常に稀れ』であるとある。『しかし、作者の《心象》の中では、月は実際に、「いきなり二つになった」のであり、そのことこそが重要であって、その合理的解釈いかんは、どちらでもよいと思います』とあるが、私は①でよかろうと思う。象徴的心象であるとなると、解読は私には不能であるからである。]

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