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2018/12/12

宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 一本木野

 

           

 

松がいきなり明るくなつて

のはらがぱつとひらければ

かぎりなくかぎりなくかれくさは日に燃え

電信ばしらはやさしく白い碍子をつらね

ベーリング市までつづくとおもはれる

すみわたる海蒼(かいさう)の天と

きよめられるひとのねがひ

からまつはふたたびわかやいで萌え

幻聽の透明なひばり

七時雨(ななしぐれ)の靑い起伏は

また心象のなかにも起伏し

ひとむらのやなぎ木立は

ボルガのきしのそのやなぎ

天椀(てんわん)の孔雀石にひそまり

藥師岱赭(やくしたいしや)のきびしくするどいもりあがり

火口の雪は皺ごと刻み

くらかけのびんかんな稜(かど)は

靑ぞらに星雲をあげる

   (おい かしは

    てめいのあだなを

   やまのたばこの木つていふつてのはほんたうか)

こんなあかるい穹窿(きうりう)と草を

はんにちゆつくりあるくことは

いつたいなんといふおんけいだらう

わたくしはそれをはりつけとでもとりかへる

こひびととひとめみることでさへさうではないか

   (おい やまのたばこの木

    あんまりへんなおどりをやると

    未來派だつていはれるぜ)

わたくしは森やのはらのこひびと

芦(よし)のあひだをがさがさ行けば

つつましく折られたみどりいろの通信は

いつかぽけつとにはいつてゐるし

はやしのくらいとこをあるいてゐると

三日月(みかづき)がたのくちびるのあとで

肱やずぼんがいつぱいになる

 

[やぶちゃん注:次の「鎔岩流」とともに大正一二(一九二三)年十月二十八日(日)の作。岩手山東北山麓を跋渉した二篇。本詩篇は本書以前の発表誌等は存在しない。「手入れ本」は手入れなし。

・「穹窿(きうりう)」ルビはママ。原稿は正しく「りゆう」。

・「芦」底本では下部は「」ではなく「戸」の字体であるが、表記出来ないので「芦」で示した。

 本篇は「春と修羅」の中では、極めて意味を汲み取り易い一篇であり、私はリアルな映像がすんなり心に投射されて好きな一篇である。中央大学教授部芳紀氏は研究サイト『評釈「一本木野」』で、本篇が既刊の宮澤賢治の選詩集に殆んど採られていないことを検証され、諸家から『高く』『評価されていないのが伺われ』『わずかに谷川徹三、入沢康夫が積極的に評価している』程度で、『中村稔は、中央口論版では取り上げているが、角川文庫では収録していない』ことから、『それほど高い評価をしているともおもわれない』と総括された上で、しかし『私はこの作品こそ、これから、賢治を代表する一つに入れたいと思う』と述べておられる。異様に難解な賢治の詩篇の関係妄想的解析が持て囃される中、私も渡部氏の主張に強く賛同するものである。

 

「一本木野」現在の陸上自衛隊岩手山演習場(ここ(グーグル・マップ・データ))や開拓地のある北東附近を国土地理院図で見ると、「一本木原」とある。なお、そこから西北西の位置にある「焼走り溶岩流」が次の詩篇「溶岩流」のロケーションとなる。ギトン氏はこちらで、本篇は『薄暗い林地から、明るい草原に出たところ』で、後に『描かれた薬師岳や鞍掛山の形』『から推定すると、一本木野を焼走りに向かって相当歩いてからのスケッチと思われ』るとされる。

「ベーリング市」賢治が、最北のベーリング海(或いは海峡)(Bering SeaStrait)から夢想した幻想都市。因みに現在はアラスカ州に実際に「ベーリング市」があり(ギトン氏のこちらこちらで位置が確認出来る)、この中央辺りであるが(グーグル・マップ・データ)、全く関係はない。この年の半年前の大正一二(一九二三)年四月十五日附『岩手毎日新聞』に発表したイーハトヴ民話「氷河鼠の毛皮」は、

   *

 このおはなしは、ずいぶん北の方の寒いところからきれぎれに風に吹きとばされて來たのです。氷がひとでや海月(くらげ)やさまざまのお菓子の形をしてゐる位寒い北の方から飛ばされてやつて來たのです。

 十二月の二十六日の夜八時ベーリング行の列車に乘つてイーハトヴを發つた人たちが、どんな眼にあつたかきつとどなたも知りたいでせう。これはそのおはなしです。

   *

と始まり、そのイーハトヴ発ベーリング行の列車は『汽罐車』に牽かれた『最大急行』(特急のこと)である。話の展開は全く別だが、「銀河鉄道の夜」の萌芽的な部分が見請けられ、このベーリング市最大急行の機関車列車が、トシの死によって白鳥になった彼女を求めて(或いは)樺太の栄浜にある白鳥湖を訪れた(かも知れない措定)体験を挟んで、その「白鳥」(座)の駅を経て、深宇宙の「ケンタウル」の村、天上と称せられる「サウザンクロス(南十字)」へ進む(終着駅は第二次稿の大犬座シリウスであったか。犬嫌いの賢治にして面白い)銀河鉄道の面影が見える。

「きよめられるひとのねがひ」海のように青い蒼穹を背景とした、その原野の、凛とした光景の中にあっては、人々のあらゆる願いは(賢治の内なる秘やかなそれも)清々しく美しいものへと高められると言うのである。

「からまつはふたたびわかやいで萌え」「からまつ」は「落葉松」「唐松」で、裸子植物門マツ綱マツ目マツ科カラマツ属カラマツ Larix kaempferi。賢治の好きな木である。同種の葉は針状を成し、春、白い粉に覆われた薄い緑色を呈しているが、秋にはこれが黄色く色づき、その後、褐色の冬芽を残して落葉する(成木の樹皮は灰黒色から暗い赤褐色となる。ここはウィキの「カラマツ」に拠った)。その春夏と秋の葉の変化を衣替えのように捉え、「ふたたびわかやいで萌え」と表現したもの。

「幻聽の透明なひばり」本邦に留鳥として棲息するスズメ目スズメ亜目ヒバリ科ヒバリ属ヒバリ亜種ヒバリ Alauda arvensis japonica は、春告げ鳥として知られ、「告天子」などとも呼ばれるが、北部個体群や積雪地帯に分布するそれは冬季になると南下をするので、今はいない。ここは前のカラマツの再生的表現から春に巻き戻して「幻聴」とした上で「透明な」雲雀と重ねたのであるが、賢治にしては判り易い丁寧な言い換えである。

「七時雨(ななしぐれ)」岩手県の北西部の八幡平市にある七時雨山(ななしぐれやま)。標高千六十メートル。ここ(グーグル・マップ・データ)。推定ロケーションから殆んど北へ二十四キロメートルほどの位置にある。ウィキの「七時雨山」の山容写真をリンクさせておく。

「また心象のなかにも起伏し」七時雨山を眺めながら、自身の心の抑え難い起伏を外化する。原野を彷徨い、溶岩流を登攀せねばならぬ気持に駆られる賢治の、その穏やかならぬ心象のそれである。

「やなぎ」賢治が好んだキントラノオ目ヤナギ科ヤナギ属ネコヤナギ Salix gilgiana のことと思われる。

「ボルガ」ヴォルガ川(Волга:ヴォールガ/ラテン文字転写:Volga)。ロシア連邦の西部を流れるヨーロッパ州最長の川。ロシア主要部を水系に含み、古くからロシアの「母なる川」とされる。流総延長は三千六百九十キロメートルに及ぶ。先に「ベーリング」幻想を提示したのに合わせてボルガを連想して、実景をずらさせたもの。

「天椀(てんわん)」蒼穹。賢治が好んで使用する語である。

「孔雀石」(くじゃくいし)は緑青(ろくしょう)と同成分から出来ている緑色の単斜晶系炭酸塩鉱物であるmalachite(マラカイト)の青緑色。この色(リンク先は色見本サイト)。賢治が好んで使う色換喩対象の鉱物である。

「藥師岱赭(やくしたいしや)」「藥師」は既出の、東岩手火山の火口を取り囲む外輪山の、北西にある最高峰(岩手山のそれでもある)薬師岳のこと。標高二千三十八メートル。「岱赭」は酸化鉄を主成分とする赤褐色の土を指す。私が「藥師(やくし)岱赭(たいしや)」とルビを分けたのは、賢治がそのように切って詠じていないと判断したからである。賢治は既存の一般語彙を恣意的に結合させることで、固有の詩語を創出させることが甚だ多いからであり、ここもそれと採り、「きびしくするどいもりあがり」を見せる「藥師岱赭」体(山塊)の謂いと四字一続きの造語単語と採りたいのである。こうした音韻の連続性は賢治の詩の朗読の際に非常に重要な意味を持っており、それだけに彼の詩の朗読は極めて難しい。ネット上には賢治の詩の朗読が有象無象転がっているが、それらが残念ながら一聴、聴くに堪えないものが多いのは、そうした特異な語彙形成や韻律を理解した上で朗読に臨んでいないからである。

「くらかけ」既出既注。岩手県滝沢市にある鞍掛山。標高八百九十七メートル。岩手山の南東の裾野の低いピークで、賢治がその景観を愛した小岩井農場の北方八キロ弱に位置する。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「靑ぞらに星雲をあげる」鞍掛山のピーク附近に雲か霧が掛かっていることの換喩であろう。

「(おい かしは」/「てめいのあだなを」/「やまのたばこの木つていふつてのはほんたうか)」「かしは」は「柏」「槲」でブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata。火山地帯では群落がしばしば見られる。「たばこ」はナス目ナス科タバコ属タバコ Nicotiana tabacum で、原種は熱帯地方原産であるが、バーレー種が北東北で栽培されているから、当地では見慣れたものである。「やまのたばこの木」というカシワの異名は、葉縁の波打ちはないが、カシワの葉の形状がやや大きなあのタバコの葉に似ているからか。或いは推測だが、カシワの葉を乾かして煙草替わりにする習慣が嘗てあったものか。渡部氏も『評釈「一本木野」』でその可能性を示唆されてはおられる。――おい! 柏の木! 手前(てめえ)の綽名を「山の莨(たばこ)の木」って言うのは本当かい?――

「おんけい」「恩惠」。

「はりつけ」「磔」。磔刑(たっけい)にされてでも取り替えて構わない――僅か半日、ゆっくりとこの蒼天の下の原野を跋渉すること、そこで、私や私に繋がる生きとし生ける「ほと」の願いが清められることと、私の命が罰せられて奪われるとしても構わない――と言うのである。これは直ちに、後の「銀河鉄道の夜」のあのジョバンニの言葉、

   *

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになつたねえ、どこまでもどこまでも一緒に行かう。僕はもう、あのさそりのやうにほんたうにみんなの幸(さひはひ)のためならば僕のからだなんか、百ぺん灼いてもかまはない。」

   *

を想起させる。

「こひびととひとめみることでさへさうではないか」人生に於いて唯一人の「戀人と」たった一度こっきり「一目」見(ま「み」)ゆる「こと」が「で」きることさえ、まさにそう「ではないか」。渡部氏『評釈「一本木野」』で、『自然の中を歩くことが出来るなら磔になってもいいという考えは、恋する者が恋人と会えるなら命もいらないと思うのと同じようなものではないかというのである。賢治にとり、野原を歩き』、『自然の懐に抱かれることは、恋愛感情と同じなのである。自然は、野原は、賢治の恋人なのだ』と評しておられれる。後で「わたくしは森やのはらのこひびと」(「私は森や野原の戀人」である)とはっきり宣言している。

「(おい やまのたばこの木」/(あんまりへんなおどりをやると)/「未來派だつていはれるぜ)」既に「高原」で注した通り、賢治の教え子たちによれば、彼はしばしば、突如、「ほ、ほうっ」! 「ほうっ、ほほう」! 「ほほうい、ほほうい」! と奇声を発しては、飛び上がり、大きく手を開いたり、閉じたりして飛び回った、くるくると回りながら、足をバタバタさせて、跳ね回りつつ叫んだ。『喜びが湧き出してくると』、『身体がまるで軽くなって、もうすぐ』、『飛んでいっちまいそうにな』(根子吉盛氏談)って踊り狂った、とある。さればこそ、言わずもがな、この「やまのたばこの木」=カシワの木は、賢治自身を指ししていることが明白となる。「未來派」(Futurismo:フューチュアリスモ)は、一九一〇年代のイタリアで起った文芸革新運動で、一九〇九年二月にパリの『フィガロ』紙に発表されたイタリアの詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ(Filippo Tommaso Marinetti 一八七六年~一九四四年)による「未来派宣言」(Manifeste du futurisme)及び自由語を提唱した翌年の「未来派文学技術宣言」(Manifeste technique de la littérature futuriste)が口火となり、文学・美術・演劇・映画・建築など各分野を包含する運動として展開した。図書館や美術館を破壊し、一切の過去の清算を主張するとともに、機械文明を謳歌し、新時代に合致した新しい形式を唱え、それぞれの分野についての「技術宣言」を相次いで発表した。美術では速度とダイナミズムの表現を主眼とし、絵画・彫刻に運動の表現を盛込もうとしたことで注目される。未来派の運動はのちに戦争賛美と結びつき、イタリアのファシズムを支持する方向に向ったことで批判もあるが、イタリア芸術を革新した点では、その意義が大きい。また、すぐそれに続く形で出現したキュビスム・ダダ・シュールレアリスムなどのヨーロッパ前衛諸芸術の先駆として、重要な役割を果した(以上は主文を「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。さすれば、ここは、賢治が、日蓮宗信者として、また教師として、種々の斬新な、時に奇体な行動や発言をしたそれが、世間一般や教育関係者から批判を受けることとなった事実を指していると読める。

「芦(よし)」「蘆(よし)」「葦(あし)」「葭(よし)」「アシ」「ヨシ」と書き換えても孰れも総て同一の、湿地帯に植生する単子葉植物綱イネ目イネ科ダンチク(暖竹)亜科ヨシ属ヨシ Phragmites australis を指す。

「わたくしは森やのはらのこひびと」/「芦(よし)のあひだをがさがさ行けば」/「つつましく折られたみどりいろの通信は」/「いつかぽけつとにはいつてゐるし」「通信」は彼らからのラヴ・レターである。と同時に、賢治が狂おしく求め続けている、フェアリーとなったトシからの通信として速やかに変容する。

「はやしのくらいとこをあるいてゐると」/「三日月(みかづき)がたのくちびるのあとで」/「肱やずぼんがいつぱいになる」如何にも健全なエロスに満ちたコーダである。渡部氏『評釈「一本木野」』で、これは、『三日月形のヌスビトハギの実が肱やズボンに付着した様子を表している。それは、私が林の暗い所を歩いていた時、人目を盗んで自然(森やのはら)が恋人の私に接吻くちづけしてくれた証拠なのだ』とされ、最後に『このように「一本木野」は、前半には、秋の岩手山麓の明るく燃えるような美しい情景を描き、後半では明るい自然の森や野原に対する賢治の愛情がユウモアをもって語られている。難しく深刻な人生観や哲学観は盛られていないが、 それだけ賢治の別の一面、洒脱で、明るく健康的な側面が実によく表わされているといえよう。賢治の詩の世界は、様々な魅力を備えているのであるが、このような明るく健康的で ユウモアを交えた作品もその一側面として重視したいものである。今まで、それほど注目されなかった詩であるが、これからは、ぜひ』、『代表作の一つに入れてほしいものである』と擱筆しておられる。全くその通りと私も思う(ヌスビトハギは盗人萩で、マメ目マメ科マメ亜科ヌスビトハギ連ヌスビトハギ亜連ヌスビトハギ属ヌスビトハギ亜種ヌスビトハギ変種ヌスビトハギ Desmodium podocarpum のこと。ウィキの「ヌスミトハギによれば、『果実は、種子』一『個を含む節に分かれる節果で、この種では普通は』二『節からなる。個々の節は偏平で半円形、両者の間は大きくくびれ、また折れたように曲がるのが普通。上側は真っすぐで、下側に円形の膨らんだ側が位置する形は眼鏡のようである。果実の側面には赤褐色の斑紋があることが多い。また、その表面は触れるとざらつくが、これは細かな鉤が並んでいるためで、これによって衣服などによくくっついてくる。言わばマジックテープ式のひっつき虫である』とある。画像を参照されずとも、ひっつかれた経験は誰しもあり、その形は「三日月」である)。]

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