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2018/12/07

宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 宗教風の戀

 

        宗教風の戀

 

がさがさした稻もやさしい油綠(ゆりよく)に熟し

西ならあんな暗い立派な霧でいつぱい

草穗はいちめん風で波立つてゐるのに

可哀さうなおまへの弱いあたまは

くらくらするまで靑く亂れ

いまに太田武か誰かのやうに

眼のふちもぐちやぐちやになつてしまふ

ほんたうにそんな偏つて尖つた心の動きかたのくせ

なぜこんなにすきとほつてきれいな氣層のなかから

燃えて暗いなやましいものをつかまへるか

信仰でしか得られないものを

なぜ人間の中でしつかり捕へやうとするか

風はどうどう空で鳴つてるし

東京の避難者たちは半分腦膜炎になつて

いまでもまいにち遁げて來るのに

どうしておまへはそんな醫される筈のないかなしみを

わざとあかるいそらからとるか

いまはもうさうしてゐるときでない

けれども惡いとかいゝとか云ふのではない

あんまりおまへがひどからうとおもふので

みかねてわたしはいつてゐるのだ

さあなみだをふいてきちんとたて

もうそんな宗教風の戀をしてはいけない

そこはちやうど兩方の空間が二重になつてゐるとこで

おれたちのやうな初心のものに

居られる塲處では決してない

 

[やぶちゃん注:大正一二(一九二三)年九月十六日の作。以下の「風景とオルゴール」「風の偏倚」「昴」とともに、同日のクレジットを持つ。本詩篇は本書以前の発表誌等は存在しない。宮澤家版「手入れ本」の最終形は「けれども惡いとかいゝとか云ふのではない」を「さうしてゐるのが惡いとかいゝとか云ふのではない」とし、「おれたちのやうな初心のものに」を「おれたちのやうな初心のものの」とする。

 この創作の十五日前の、九月一日午前十一時五十八分、関東大震災が発生している。但し、未曽有のカタストロフに対し、少なくとも本詩篇での賢治は、離れた地の傍観者的な印象を受ける。少なくとも、我々が、かの二〇一一年三月十一日の東日本大震災とそれに伴って発生した福島第一原子力発電所事故に於いて感じたような、チェレンコフの業火を伴った終末的大災厄の震撼(少なくとも私はそうであった。私はその八日後にALSで母を失った。その時の私は正直、世界の終末がやってきたような絶望に陥っていたことを告白する。しかもそれは未だに私の心象を襲い続けていることも、である)のようなものは感じられない。私は逆に、あの二〇一一年三月十一日のそれを賢治が体験したら、どんな思いを抱いたかということが、今もずっと気になっているのである。なお、ギトン氏のこちらによれば、『この』九月十六『日は日曜日で、賢治は、花巻近郊の大沢温泉に出かけたようで』、『大沢温泉は、花巻市の西郊、豊沢川の谷間にある温泉場で、渓谷に沿ってさらに奥には鉛温泉、「なめとこ山」など、宮沢賢治作品ゆかりの場所があ』るとあり(ここ(グーグル・マップ・データ))、本篇はその『大沢温泉行』で『の一部、おそらくは、往路でのスケッチだと』推定されておられる。

・「わざとあかるいそらからとるか」底本は「わざとあかるいそらとるか」で脱字。「正誤表」にある(これが「正誤表」の最後)ので訂した。

「油綠(ゆりよく)」石炭乾留の副産物であるコールタールを蒸留して得られるアントラセン油(anthracene oil)の色か。アントラセン(フランス語:anthracène:三個のベンゼン環が直線状に縮合した芳香族炭化水素。紫色の蛍光を発する無色針状の結晶)を多量に含むのでこの名があり、また、蛍光を発して緑色を呈するので、「緑油」(green oil)とも称する。

「可哀さうなおまへの弱いあたま」「おまへ」は賢治自身で、先の「雲とはんのき」と同じく自問自答であろう。

「太田武」諸家、不詳とする。

「眼のふちもぐちやぐちやになつてしまふ」正しく実在を〈視る〉〈観察する〉〈認知する〉ことが出来なくなることの比喩であろう。

「ほんたうにそんな偏つて尖つた心の動きかたのくせ」「本當に」なんてまあ、呆れるほどに「そんな」に「偏」(かたよ)って「尖」ってしまっ「た」、頑なな「心」の「動き方」の「癖」を、お前はどうしてかくも持ち続けるのだ!?!

「なぜこんなにすきとほつてきれいな氣層のなかから」/「燃えて暗いなやましいものをつかまへるか」どうして「こんなに」も「透き通」って「綺麗な」大気の「中」にありながら、それを満喫せず、めらめらと情念の炎に「燃えて」いる「暗い」「惱ましい」、そのような忌まわしい感情に拘って、それを「捉まえ」ようと躍起になるのだ!?!

「信仰でしか得られないものを」/「なぜ人間の中でしつかり捕へやうとするか」正しき唯一の「信仰」によって「しか」得られない、その「もの」を、「何故」、不完全な「人間の」間にあって、神経症的に何が何でもしっかと「捕」えずにはいられない気持ちに陥るんだ!?! 標題「宗教風の戀」及びここまでの三連投の指弾、特にその中の「信仰でしか得られないもの」に依って、その「もの」、対象が「戀」の総概念であることが判明する。神(マリア)の差別なき無償の慈愛、仏菩薩の大慈大悲といった「信仰」の中にしか実在しない「広大無辺の愛恋」を、現世の特定の対象者(それをまさに特定して保阪嘉内としたり、トシとしたり、或いは誰彼と穿鑿するのは、諸家に任せる。私自身は特定の個人名を示すことに私は何らの意味も見出せない。但し、「トシの霊」に対するそれ(近親相姦的ニュアンスは完全に払拭した上で、である)ならば、抵抗なく受け入れよう)に見出そうとするのは誤りだ、と賢治の中の今一人の賢治が諭すように言っているのである。

「風はどうどう空で鳴つてるし」ああっ! 「風の又三郎」の冒頭だ!

   *

 どつどどどどうど どどうど どどう、

 靑いくるみも吹きとばせ

 すつぱいかりんもふきとばせ

 どつどどどどうど どどうど どどう

   *

「靑いくるみも」「すつぱいかりんも」「吹きとばせ」! とは、哀しくうつろいやすい儚い「恋」ではないか?!

「東京の避難者たちは半分腦膜炎になつて」/「いまでもまいにち遁げて來るのに」「腦膜炎になつて」は、疲弊し或いは負傷して放心状態で避難してくる人々の様子を比喩形容したものであるが、賢治にしては実に品の悪い比喩であると私は思う。脳膜炎・髄膜炎は髄膜(脳及び脊髄を覆う保護膜)に炎症が生じた状態の疾患を指す。炎症はウイルスや細菌を始めとする微生物感染に起因するが、時に薬物が原因となることもある。臨床像は最も多いのが重度の頭痛で、次いで、項(うなじ)の部分の硬直(首の筋緊張、硬直により首を他動的に前へ曲げられなくなる)現象が見られる。この「項部硬直」・「急な高熱」・「意識障害」を髄膜炎の三徴とし、これ以外の徴候として羞明(しゅうめい:明るい光を嫌がる)や音恐怖(大きな音に耐えられない)が挙げられる(以上はウィキの「髄膜炎」に拠った)。

「醫される」は「いやされる」(癒される)。

「いまはもうさうしてゐるときでない」私が本詩篇に感ずる違和感はこの部分が、先の「東京の避難者たちは半分腦膜炎になつて」「いまでもまいにち遁げて來るのに」という、接続助詞「のに」(準体助詞「の」+接続助詞「に」。内容的に対立する二つの事柄を、意外・不服の気持ちを込めて繋げる意を表わす)で逆接の対として示していながら、震災及びその避難民は単に、現実の悲惨のシンボルであるに留まり、賢治のブルージーな孤独な恋の意識とほぼ等価に比較されてしまっているからである。「のに」には確かに被災者らの悲しみの有意な悲哀の差分はある訳だが、以下の詩篇のコーダに行くに従い、それは急速に無化されてしまうのである。私は寧ろ、震災を出すべきではなかったとも思うが、仮にそうした場合、「心象スケツチ 春と修羅」を読んだ読者の中には、必ず、気づく者がいて(その点でこの「目次」のクレジットは悩ましいものとなる)「震災の悲惨さの中にあって、お前はこんな自分勝手な思いを抱き、あまっちょろい詩を詠じていたのか!」とそれこそ外的な指弾を受けかねないとも言える。私が賢治の教え子であり、関東大震災を読み込まない本篇を読んだと仮定してみると、賢治先生にそういう思いを抱く可能性は高いからである。

「けれども惡いとかいゝとか云ふのではない」/「あんまりおまへがひどからうとおもふので」/「みかねてわたしはいつてゐるのだ」/「さあなみだをふいてきちんとたて」前注したようなことは当然、賢治も理解はしていたであろう。而して、賢治の「恋」の苦しみは確かに強烈なものであり、その苦悩は計り知れず、他者には理解し得ないものだったことも事実なのである。そうした読者への〈弁解〉(効果があるかは不明だが、効果を狙ったものでさえないだろう)がこれであろうと私は思う。

「もうそんな宗教風の戀をしてはいけない」この「風」は私は「似非(えせ)宗教染みたもの」の意で採る。いや、完全に「似非」(似て非なるもの)というよりは、「擬似的」と言うべきかも知れない。何故なら、直後にもう一人の賢治は「そこはちやうど兩方の空間が二重になつてゐるとこで」/「おれたちのやうな初心のものに」/「居られる塲處では決してない」と述べているからである。この「兩方」とは、「現実世界」と、真に宗教的な霊的な「異界」のことであろう。その纔かに重合した、糊代のような部分で〈冥い方の賢治〉は〈宗教風ではあるが、真でない「恋」〉に苦悩している、そこを果敢に突き抜けて、確かな宗教的霊的世界へ到達し得たなら、「おまへ」の「恋」は〈真の「恋」〉となるのであるが、そこは残念なことに「おれたち」(ここで問いかけている人物が分裂した賢治自身であることが表明されていると読める)「のやうな初心のものに」/「居られる塲處では決してない」のであった。]

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