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2018/12/09

宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 昴

 

         

 

沈んだ月夜の楊の木の梢に

二つの星が逆さまにかかる

  (昴(すばる)がそらでさう云つてゐる)

オリオンの幻怪と靑い電燈

また農婦のよろこびの

たくましも赤い頰

風は吹く吹く、松は一本立ち

山を下る電車の奔り

もし車の外に立つたらはねとばされる

山へ行つて木をきつたものは

どうしても歸るときは肩身がせまい

  (ああもろもろの德は善逝(スガタ)から來て

   そしてスガタにいたるのです)

腕を組み暗い貨物電車の壁による少年よ

この籠で今朝鷄を持つて行つたのに

それが賣れてこんどは持つて戾らないのか

そのまつ靑な夜のそば畑のうつくしさ

電燈に照らされたそばの畑を見たことがありますか

市民諸君よ

おおきやうだい、これはおまへの感情だな

市民諸君よなんてふざけたものの云ひやうをするな

東京はいま生きるか死ぬかの堺なのだ

見たまへこの電車だつて

軌道から靑い火花をあげ

もう蝎かドラゴかもわからず

一心に走つてゐるのだ

  (豆ばたけのその喪神(さうしん)のあざやかさ)

どうしてもこの貨物車の壁はあぶない

わたくしが壁といつしよにここらあたりで

投げだされて死ぬことはあり得過ぎる

金をもつてゐるひとは金があてにならない

からだの丈夫なひとはごろつとやられる

あたまのいいものはあたまが弱い

あてにするものはみんなあてにならない

たゞもろもろの德ばかりこの巨きな旅の資糧で

そしてそれらもろもろ德性は

善逝(スガタ)から來て善逝(スガタ)に至る

 

[やぶちゃん注:同じく大正一二(一九二三)年九月十六日の作。「風の偏倚」の続きで、ここは松原停車場から軌道電車に乗って花巻方向へ行く帰りの宵の電車の中からの景色がロケーションとなる。本詩篇は本書以前の発表誌等は存在しない。

・「たくましも赤い頰」ママ。原稿は「たくましくも赤い頰」で脱字。「手入れ本」は菊池曉輝氏本のみが修正されてある。

・「そしてそれらもろもろ德性は」原稿は「そしてそれらもろもろの德性は」。しかし、手入れがされている菊池曉輝氏本でも修正されていない。しかし、校本全集校訂本文は「そしてそれらもろもろの德性は」を採っている。私はこれには疑問がある。最終校正時に賢治が、この「の」を、コーダの音数律から考慮して意図的に除去した可能性を排除出来ないからである。

 「手入れ本」は菊池曉輝氏本が最終形(種々のマーキングはある)で、

   *

もし車の外に立つたらはねとばされる

山へ行つて木をきつたものは

どうしても歸るときは肩身がせまい

   *

の部分を、

   *

もし車の外に立つたらはね落さされる

山へ行つて木をきつたものは

どうしても歸るときは肩身がせまい

   *

としているのみ(「落さされる」はママ)。

 

「昴」プレアデス星団(Pleiades star cluster)の和名。おうし座にある散開星団。略号は「M45」。地球からの距離は約四百十光年。肉眼でも見分けられる三~五等級の星九個(通常の視認では六~七個)を中心に、数百個の恒星が天球上の直径約二度の領域に集まって見え、その全体を希薄な無定形星雲(散光星雲:中心星を持つ惑星状星雲の対語)が取り巻いている。九個の星にはギリシア神話で天を支える神アトラス(ラテン文字転写(以下同じ):Atlas)と后のプレイオネ(Pleione:海神オーケアノス(Ōkeanos)の娘)、及び、その間に生まれた美貌のニンフである、アルキュオネ(Alcyone:ポセイドン(Poseidōn)と交合)を始めとする七人姉妹アステロペー(Asterope:戦神アレス(Arēss)と交合。なお、星としてはⅠ・Ⅱの二星が有る)・メロペー(Merope:シーシュポス(Sisyphus)と交合して不死性を失う)・エレクトラ(Electra:ゼウスと交合。後述)・マイア(Maia:長姉とする。後述)・ターユゲテー(Taygeta:ゼウスと交合)・ケライノー(Celaeno:ポセイドンと交合)の名がつけられている。アルキュオネは三等星、次いで四等星が五つある。中国ではプレアデス単独で「昴宿」(ぼうしゅく)と呼ばれ、二十八宿(古代中国で主に月・太陽などの位置を示すために赤道・黄道付近で天球を不均等な二十八のエリアに区分し、それぞれを一つの座としての「星宿」(星官)としたもの。月は凡そ一日に一宿ずつ動くように配されてある)の西方白虎の一宿とする。この七人の姉妹の一人であるマイアはゼウス(Zeus)に愛され、ヘルメス(Hermēs)の母となった。彼女たちはポセイドーンの息子(父は異説有り)オリオン(Orion)の求愛を免れるため、五年の間、この巨人に追われながらも逃げ続け、遂には鳩に変じてしまった(これは後にオリオンと恋仲になりながら、結局は知らずにオリオンを射殺してしまう悲劇の狩猟・貞潔の女神(月神となるのは後代)アルテミス(Artemis)が彼女たちを魔法の衣に隠してやった結果であった)ところをゼウスが憐れみ、星にしてやった。しかし姉妹の一人エレクトラだけは、自分の子孫であるトロイ(Troja)の王家の滅亡を悲しんで彗星になったため、「すばる」の星は六つになった、とも説明されている(以上は主文を「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。なお、オリオンと七姉妹の話は私も小学生の時から知っていたもので、ギリシャ神話の中でもよく知られた話であるが、ウィキの「プレイアデス」によれば、『彼女ら姉妹が星になる物語は、プレイアデスに関する神話のうち最も印象深いものの』一『つである』が、実は『これは元からあった神話ではなく、天体図から生まれた説話のようである』とあり、先の「すばる」六星の異話もそれで納得がゆく。

「沈んだ月夜の楊の木の梢に」Atsuo Kakurai氏のサイト「賢治の事務所」の『「昴」の創作 1923(大正12)年916日』(星座図有り)によれば、『詩の詠まれた時間の設定』を、『栗原敦著「宮沢賢治透明な軌道の上から」では、奥田弘氏調査による花巻電気軌道の時刻表から』、松原発は七時時二十六分、花巻着八時十七分の『最終電車を候補にあげて』あるとされ、『この日の花巻での日没の時間などをみると』、「日の入り」が午後五時四十六分、「薄明」の終了が七時時十六分、「月の入り」は九時三十六分であるとある。Atsuo Kakurai氏(を始め諸家も)はこれを事実に反するとされ、星座の位置も説明がつかない(これは私の守備範囲でないので無条件に受け入れるしかないので以下に引用させて戴く)ことから、『詩の冒頭で「沈んだ月夜の楊の木の梢に」とあるように月はもうすでに沈んでいます』。『列車が大沢を発つ時刻の月の高度』から見て、『もし山がせまっているような地形であれば、山の端にかかることもあると推測されます。しかし、次以降の説明がつかなくなります』。『「二つの星が逆さまにかかる」とありますが、この二つの星とはいったいどの星になるのでしょうか? 「沈んだ月夜の楊の木の梢に」とありますから西空にある星を候補とするのが適当と思われます』。乗車した午後七『時頃の西空に、目立つような星はほとんどありません』『(うしかい座のアルクトゥルスと木星がありますが、月より高度が低いため先に沈みます)』。では、『例えば、時間を進めて論理上の月の入り以降の時刻の』午後十『時頃と仮定します』(リンク先のAtsuo Kakurai氏によってシミュレーションされた午後十時の全天画面を参照されたい)。『すると二つの星の候補として、こと座の1等星のベガとわし座の1等星のアルタイルが日周運動で西に傾いてきていることがわかります。この二つの星は「夏の大三角」つくる星でもあり、何より七夕の織姫、彦星として親しまれた星でもあります。 「逆さまにかかる」という表現は、この二つの星が日周運動で東の空から駆けあがるように昇ることに対して、逆さまに落ちてゆく様子を表わしているのでしょうか』。大正五(一九一六)年十月に作られた短歌歌稿に(ここでKakurai氏は短歌を『詩』とされ、上句のみを引用されているが、別に校本全集から引いた)

   *

オリオンは

西に移りてさかだちし

ほのぼののぼるまだきのいのり。

   *

『という表現が用いられていることから、案外有力と思われます。さらに』午後十『時すぎの東の空には昴(すばる)も高く昇り「(昴がそらでさう云ってゐる)」という状況とも一致します。では、「オリオンの幻怪」とは何でしょうか?「オリオンの怪しいまぼろし」ですから、実際にはまだ昇ってはいない時間なのでしょうか。この晩オリオン座が姿を現わすのは午前』零『時頃です』と述べれた上で、『まとめると、天体にかかる記述の部分は、賢治が電車で山を下る時間とは別のものと考えた方がより自然に解釈できそうです』と纏めておられる。賢治が花巻に到着後、午前零時まで夜空を眺めながら詩作をしたと考えることは自然であろう。そもそもが天体の運行が賢治の体験事実かどうかという検証自体には私は殆んど読解上の重要な意味がないように思われる(意味があるというのならば(無論、そういう場合もあるに決まっているが)、それをはっきりと示した上で論考すべきである)。そもそもそれは、今までいやと言うほど見てきた彼の心象スケッチの中で現実を侵犯する幻想部分と現実の境目をいちいち重箱の隅を穿るように検証して云々するという、賢治の詩篇を読み解く上でこれ以上無意味なことと基本、同義だからである(最後の部分は決してKakurai氏を批判しているのではない。一部の宮澤賢治のマニアがそうした現実の事実と詩文の齟齬を鬼の首を獲ったように掲げているのをしばしば見かけるからである。それほど、賢治には賢治も忌避するようなトンデモなくズレた信仰者が一杯いる)。しかしそもそもが、諸家が躓くほどのには、私はこの初行には、もともと、少しも躓かないのだ。何故なら、私は決して「月の沈んでしまった夜」を表現するのに「沈んだ月夜」などとは決して言わないからである。そうした文学上の例がいっぱいあるとも思われない。ここは私は――普通に――この「沈んだ」は「月夜の楊の木の梢」全体を形容する語だと採って読んでいる。そうして、それでこそこれは詩語たり得ているし、映像化も出来るのだと思う。「沈んだ月」の「夜の楊の木の梢」とは詩語ではない。ただの陳腐な説明、ド外れた自由律俳句の単律、青木此君楼(明治二〇(一八八七)年~昭和四三(一九六八)年)のやらかした「一と鉢の菊」の自己満足みたようなもんだ(因みに私は中学三年の時から二十代まで『層雲』の誌友であったし、卒業論文は「尾崎放哉論」であった)。なお、以下、星座のそれについては、Atsuo Kakurai 氏の見解をすこぶる妥当なものとして支持し、以下で個別に検証することはしない。なお、「楊」は既出既注の賢治の好きなカワヤナギ(ネコヤナギキントラノオ目ヤナギ科ヤナギ属ネコヤナギ Salix gilgiana の異名)でよかろう。

「オリオンの幻怪」先行する「東岩手火山」に「オリオンは幻怪(げんくわい)」と出る。星座に無関心な私だが、先に述べた通り、幼少期のギリシャ神話体験(低学年であったから学習漫画であった)から、オリオン座を見ると、刷り込み効果よろしく、むくつけき熊みたような不細工な狂った男が、化け物のような声を発して、太い棒を振りかざす様が自動的に見えることから、「幻怪」は注など要らぬ至って至当な形容なのである。

 

「靑い電燈」実景は電気鉄道の信号燈であろうが、これは直ちに、本書の「序」の「わたくしといふ現象は」/「假定された有機交流電燈の」/「ひとつの靑い照明です」/「(あらゆる透明な幽靈の複合体)」/「風景やみんなといつしよに」/「せはしくせはしく明滅しながら」/「いかにもたしかにともりつづける」/「因果交流電燈の」/「ひとつの靑い照明です」に呼び返す。それは単に同じ語句だからでは――ない。この三行目で初めて色として、この(「○」はワン・ショット)、

   *

○「電燈」が灯った!

瞬間、

○車中。「農婦のよろこびの」/「たくましも赤い頰」。(ズーム・アップ)

○車外。「風は吹く」!

○車外。風は「吹く」!

「松は一本立ち」だ!

○「山を下」ってゆく「電車の」車輪の「奔」(はし)る!(クロース・アップ。但し、ギトン氏はこちらで、この花巻電気鉄道の路面電車は『車体も幅が』恐ろしく『狭いので、なんだか倒れてしまいそうに見え』(別ページの画像はこちら)、『人が歩くよりは速いけれども、馬や馬車より遅かったと思われ』るとある

○「腕を組み」、「暗い貨物電車の壁による少年」。(フル・ショット。ギトン氏は前と同じ部分で、同鉄道は『通常は一両編成でしたけれども、うしろに無蓋車(屋根のない貨車、トロッコ)を附けることがあり、乗客が多いときには、無蓋車に貨物といっしょに乗客を乗せた』らしいとある。本篇の終りでは「どうしてもこの貨物車の壁はあぶない」/「わたくしが壁といつしよにここらあたりで」/「投げだされて死ぬことはあり得過ぎる」と言っているから、賢治は少なくともこの少年と同じ貨物車両に乗っていると読める。或いは、終電車で温泉から来たそれは、一両の客車が一杯であったのかも知れないと考えることは自然に出来る

 ここで主人公、忽ち、その少年の心内に立ち入って、覗き、考える。

○少年の顔。(アップ。それに主人公の声がかぶる)

 (「この籠で今朝鷄を持つて行つたのに」、「それが賣れ」たのに、嬉しくないのは、何故だ?)

 (彼は空になってしまった籠を「持つて」は「戾らない」かも知れないぞ?)

 (それは何故だ?)

 (或いは可愛いかった鶏がみんないなくなってしまったからか?)

 (売れたそれは或いは今頃食われて死んでしまっているかも知れないなどと思って淋しいからか?)

○車外。「うつくし」い「まつ靑な夜のそば畑の」「電燈に照らされたそばの畑」!(広角レンズを用いたワイド・ショット)

   *

といった感じで、映像はカット・バック、或いは、フラッシュ・バックの様相を呈してゆくのである。而してそれは、まさに「風景やみんなといつしよに」「せはしくせはしく明滅しながら」「いかにもたしかにともりつづける」映像ではないか?! その総てのモンタージュの総体が「因果交流電燈の」「ひとつの靑い照明」によって照らし出されるという構造を持っているではないか!

 

「もし車の外に立つたらはねとばされる」さまざまな「生」の狭間に必然の現象としての「死」イメージがその翳を落とし、不安が侵犯する一行。

「山へ行つて木をきつたものは」/「どうしても歸るときは肩身がせまい」「風景とオルゴール」に既に現れた、「自然」を改造・破壊する罪障感である。

「善逝(スガタ)」梵語「スガタ」の漢訳で「善(よ)く逝(ゆ)く」、一説に「全ての迷いをよく断ち切った人」或いは「彼岸と此岸を自在に行き来出来る人」で「真に完成した幸福な人」の意とする。仏(如来)に対する尊称である「十号」の一つである(他に如来・応供(おうぐ)・正徧知(しょうへんち)・明行足(みょうぎょうそく)・世間解(せけん)・無上士(むじょうじ)・調御丈夫(じょうごじょうぶ)・天人師(てんにんし)・世尊)。煩悩を断って、悟りの彼岸に去った者。

「少年」この少年は非常に気になる。表現にかなり無理な捩じれがあるのは、そこで賢治自身が、「私が表現しようとした心象が、この詩句ではうまく表現出来ないじゃないか!」と言っているような焦燥をさえ感ずる。ともかくも、ここでは少年の心象を借りて、ネガティヴな「悲哀」の中に、漠然とした「孤独」や「死」(鶏が食われて死んでいると私が先のシナリオに記したのはその意味である)のイメージが暗示されている。

「そば」「蕎麥」。ナデシコ目タデ科ソバ属ソバ Fagopyrum esculentum。原産地は中国南部が有力。本邦への伝来年代は明かでないが、弥生時代から焼き畑農法で利用されていたと考えられている。春ソバ・秋ソバ及び地域によって開花期は異なるが、概ね五月下旬から六月上旬、七月下旬、九月の中旬から下旬の三回である。

「市民諸君」東京のような都会の市民諸君の意。

「おおきやうだい、これはおまへの感情だな」/「市民諸君よなんてふざけたものの云ひやうをするな」/「東京はいま生きるか死ぬかの堺なのだ」「宗教風の戀」でやや批判的に述べた通り、やはり宮澤賢治の関東大震災に対する甚大なカタストロフ意識はない。それは或いは科学者として再興の予見を十二分に持っていたという点もあろうし、或いは寧ろ、この甚大な壊滅的破壊が新たな帝都建設に契機となることをも予見していたのでもあろう。ただ、私はそうした唯物史観的な賢治以外に、そうでない「修羅」の部分の別な賢治が、この大災厄を神仏の人類への怒りとして捉えたり、或いは冷徹な理念を今一人の自分から借りながら、本大沢温泉詩篇群で拘っている〈技術による人為の自然への無礼な介入への重大な警告〉として関東大震災を捉えているような気もしないでもない。その場合だと、関東大震災を特異なものとして区別する必要はなくなるのである。不謹慎でなくなるのである。木一本を伐ってしまうことの〈原罪〉は、地震という〈天罰〉によって命を絶たれるのと同じレベルで認識されるからである。いや、寧ろ、トシの死とその喪失感を体験した賢治にとっては、トシ一人の死と関東大震災での死者・行方不明者(現在は約十万五千人余と推定されている)のそれは、全く等価であると言ってよい。何故? 私自身、二〇一一年三月十九日にALSによって母を奪われた時、その八日前の東日本大震災の被災者に対する感情や感覚に対し、完全に麻痺されていたのを鮮やかに思い出すからである。彼がそうした等価感覚にあったことは、次の「見たまへこの電車だつて」「軌道から靑い火花をあげ」ながら必死になって「一心に走つてゐる」じゃないか! という謂いで明らかであると、私は思うのである。

「蝎」サソリ座。すげなくそれで終わらせるのなんなので、松井潤氏のブログ「HarutoShura」の本詩篇の解説(分割掲載の一つ)から引いておく。『夏の夕方、南の空低く天の川に大きなS字型で横たわり、独特な形をしています。最も明るい星座の一つで、α星は全天に21ある1等星の1つで、アンタレスと呼ばれています』。

「ドラゴ」「Draco」。初夏の北天の星座である竜(りゅう)座。

「かもわからず」「星座の区別なんか何だってんだ!」と遮二無二、である。鉄道車両への擬人法。そうら! みなさん! 星座が見えたか見えなかったかなんて「わから」なくていいですよ!

「(豆ばたけのその喪神(さうしん)のあざやかさ)」「豆ばたけ」は大豆畑であろう(マメ目マメ科マメ亜科ダイズ属ダイズ Glycine max)。蕎麦畑の白い妖精のような花の美しさから、大豆の葉が風に翻り、その白い葉裏がちりちらとする不安な映像が「喪神」という換喩となったものであろう。ご多聞に漏れず、その「不安」はそこで留まらずに、「どうしてもこの貨物車の壁はあぶない」/「わたくしが壁といつしょにここらあたりで」/「投げだされて死ぬことはあり得過ぎる」/「金をもつてゐるひとは金があてにならない」/「からだの丈夫なひとはごろつとやられる」という強力な死の観念が彼を襲いだす。しかしてそれは、次に、関係妄想的に、「からだの丈夫なひと」に限ってこ「ろつとやられる」ように、身体の丈夫な人は実は身体が弱いのと〈同等〉だから、「あたまのいいものは」同じく反対に「あたまが弱い」のと同じ、「あてにするものは」実は「みんなあてにならない」のだとなるのである。

「たゞもろもろの德ばかりこの巨きな旅の資糧で」以下、コーダはその皮肉な思想が悟りの思想、如来の尊号をもちゃらかす形で終わるのである。ここは前のパラドキシャルな論理に従えば、「たゞもろもろの」完全な存在になる糧(かて)となるはずの「德ば」っ「かり」が「この」悲惨でみじめな人生という「旅」の「巨きな」(これは「旅」の形容ではなく「資糧」のそれである)、とてつもなく重く、食い物(「糧」)にもならない、金(「資」)にもならない、全く以って役に立たないただの不要な重荷(=「資糧」)となってるんだ! として、最終行の痛烈な皮肉、「そしてそれらもろもろ」の無益な「德性は」、無の空虚なる「善逝(スガタ)」という空想「から來て」何にもない「善逝(スガタ)に至る」だけのことに過ぎんのだ! と吐き捨てるのである。私はそのように絶望的なものとしてここを採る。そのようなものとしてしか採れない自分がいるのである。

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