萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 最も原始的な情緖
最も原始的な情緖
この密林の奧ふかくに
おほきな護謨(ごむ)葉樹のしげれるさまは
ふしぎな象の耳のやうだ。
薄闇の濕地にかげをひいて
ぞくぞくと這へる羊齒(しだ)植物 爬蟲類
蛇 とかげ ゐもり 蛙 さんしようをの類。
白晝(まひる)のかなしい思慕から
なにをあだむが追憶したか
原始の情緖は雲のやうで
むげんにいとしい愛のやうで
はるかな記憶の彼岸にうかんで
とらへどころもありはしない。
[やぶちゃん注:大正一〇(一九二一)年十二月号『表現』初出。初出は以下。「あだむ」は傍点であるが、大きな「●」である。
*
最も原始的な情緖
この密林の奧ふかくに
巨大な護謨葉樹(ごむえふじゆ)のしげれるさまは
ふしぎな象の耳のやうだ。
薄やみの濕地に影をひいて
ぞくぞくと這へる羊齒(しだ)植物、爬蟲類
蛇、蜥蝪、蛙、蠑螈(ゐもり)、山椒魚(さんしようを)の類。
白晝(まひる)の悲しい思慕から
なにをあだむが追憶したか
原始の情緖は雲のやうで
無限にいとしい愛のやうで
はるかな記憶の彼岸にうかんで
捉へどころもありはしない。
*
「定本靑猫」は有意な異同は認めない。
この一篇、直前の「靑空」に続いて如何にも表現主義的な印象であるが、それ以上に、表現主義の「青騎士」第一回展に参加したこともある一人(但し、彼は「表現主義」という区分的思潮では到底、括りきれない)である、かのフランスの画家アンリ・ジュリアン・フェリックス・ルソー(Henri Julien Félix
Rousseau 一八四四年~一九一〇年)の一連の優れた森林幻想の作品群、「Le lion, ayant faim, se jette sur l’antilope」(ライオンは、飢えていて、アンテロープに襲いかかる」一八九八年~一九〇五年)・「La Charmeuse de serpents」(「蛇使い」一九〇七年)・「Le Rêve」(「夢」一九一〇年)などが素材となっているのではないかと私は強く思う(リンク先は総て仏文のウィキの当該の絵の画像)。]
« 萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 靑空 | トップページ | 柳田國男 山島民譚集 原文・訓読・附オリジナル注「河童駒引」(4) 「河童家傳ノ金創藥」(2) »