萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 艶めける靈魂
艶 め け る 靈 魂
艶めける靈魂
そよげる
やはらかい草の影から
花やかに いきいきと目をさましてくる情慾
燃えあがるやうに
たのしく
うれしく
こころ春めく春の感情。
つかれた生涯(らいふ)のあぢない晝にも
孤獨の暗い部屋の中にも
しぜんとやはらかく そよげる窓の光はきたる
いきほひたかぶる機能の昂進
そは世に艶めけるおもひのかぎりだ
勇氣にあふれる希望のすべてだ。
ああこのわかやげる思ひこそは
春日にとける雪のやうだ
やさしく芽ぐみ
しぜんに感ずるぬくみのやうだ
たのしく
うれしく
こころときめく性の躍動。
とざせる思想の底を割つて
しづかにながれるいのちをかんずる
あまりに憂鬱のなやみふかい沼の底から
わづかに水のぬくめるやうに
さしぐみ
はぢらひ
ためらひきたれる春をかんずる。
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「艶めける靈魂」の「艶めける」は当然の如く今までと同様、「なまめける」である。大正一〇(一九一一)年二月新潮社刊「現代詩人選集」初出。初出は私は有意な異同を感じない。但し、最後に下方インデントのポイント落ちで『――島崎藤村氏に呈す――』という謹呈辞が附されてある。「定本靑猫」は再録しない。
「あじない」は近世から使われ出した語で「味無い」で「あじけない」と同義。]
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