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2019/01/05

和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 食火鷄(ひくひどり) (ヒクイドリ)

 

Hikuidori

 

ひくひとり 馳蹄鷄 駝鳥

      骨托禽

食火鷄

     【俗云火久比止利】

 

本綱載諸書云其有不同鴈身駝蹄蒼色舉頭高七八

尺張翅丈餘食大麥或食鐵石火炭足二指利爪能傷人

腹致死日行七百里其飛不高卵大如甕此鳥出波斯國

三佛齋安息等西南天竺

△按阿蘭陀人貢咬𠺕吧國火鷄彼人呼曰加豆和留肥

 州長崎或畜之形畧類雞而大高三四尺能食火燼及

 小石其糞乃炭或石也人近則赶而爲啄

獸 食火獸也狀如犬而能食火其糞復爲火能燒

 人屋

火鴉 出於蜀徼狀類鴉而能啣食火

 

 

ひくひどり 馳蹄鷄〔(だていけい)〕 駝鳥〔(だてう)〕

      骨托禽〔(こつたくきん)〕

食火鷄

     【俗に云ふ、「火久比止利」。】

 

「本綱」に諸書を載せて云ふ〔も〕、其の、同じからざること有り。鴈〔(かり)〕の身、駝〔(らくだ)〕の蹄〔(ひづめ)にして〕蒼色。頭を舉ぐれば、高さ、七、八尺。翅を張れば、丈餘。大麥を食い[やぶちゃん注:ママ。]、或いは鐵・石・火炭〔(ひずみ)〕を食ふ。足〔は〕二つ。指に利〔(と)き〕爪あり、能く、人の腹を傷つけ、〔人、〕死に致る。日(ひ)に行くこと、七百里[やぶちゃん注:明代の一里は五百五十九・八メートル。約三百九十二キロメートル弱。]。其の飛ぶこと、高からず。卵の大いさ、甕〔(かめ)〕のごとし。此の鳥、波斯(ペルシヤ)國・三佛齋(サフサイ)・安息〔(あんそく)〕等の西南、天竺より出づ。

△按ずるに、阿蘭陀人、咬𠺕吧(ジヤガタラ)國の火鷄〔(くわけい)〕を貢ず。彼〔(か)〕の人、呼んで「加豆゙和留〔(カヅワル)〕」曰ふ。肥州長崎に或いは之れを畜ふ。形、畧〔(ほぼ)〕雞に類して、大きく、高さ、三、四尺。能く火燼(もへぐい[やぶちゃん注:ママ。])及び小石を食ふ。其の糞は乃〔(すなは)〕ち、炭或いは石なり。人、近づくときは、則ち、赶〔(お)ひ〕て[やぶちゃん注:「追ひて」に同じい。]啄(つつ)かんと爲〔(す)〕。

禍斗獸〔(くわとじう)〕 火を食ふ獸〔(けもの)〕なり。狀〔(かたち)〕、犬のごとくにして、能く火を食ふ。其の糞も復た、火と爲〔(な)〕り、能く人の屋〔(いへ)〕を燒く。

火鴉〔(くわあ)〕 蜀[やぶちゃん注:四川省の古名。]〔の〕徼〔(くにざかひ)〕より出づ。狀、鴉に類して、能く火を啣〔(は)〕む[やぶちゃん注:「啣」は「くはえる」(口に挟む)で、ここは「食う」に同じい。]。

[やぶちゃん注:これは羽が小さ過ぎ、しかも体重が重いために「飛べない鳥」となった、ヒクイドリ(火食鳥)目ヒクイドリ科ヒクイドリ属ヒクイドリ Casuarius casuarius である。ウィキの「ヒクイドリ」より引く。原産地はインドネシア(ニューギニア島南部・アルー諸島)・オーストラリア北東部・パプアニューギニアの『熱帯雨林に分布し』、『オーストラリアでは標高』千百 メートル以下、『ニューギニアでは標高』五百メートル以下に『好んで生息する』、『かつてはもっと広範囲に生息していたと推測されているが、他の走鳥類と同様、熱帯雨林の減少と移入動物の影響により個体数が減少しており、絶滅が危惧されている。森林が減ってきていることから、雛が生き残る確率は』一%『以下という研究結果も発表されている』。『和名は「火食鳥」の意味であるとされている』が、無論、『火を食べるわけではなく、喉の赤い肉垂が火を食べているかのように見えたことから名づけられたとの説が有力である』グーグル画像検索「Casuarius casuarius」を見よ。『日本にもたらされたのは、江戸時代初期の寛永』一二(一六三五)年に、『平戸藩により江戸幕府に献上されたのが最初である』。『記録には「陀鳥(だちょう)」とあるが、明らかにヒクイドリのスケッチが残されている。その後もオランダの貿易船により持ち込まれた。黒い羽毛、赤い肉垂、青い首に大きなとさかと、特徴的な外見を持つ』。『ヒクイドリ属』中の『最大種』。『ヒクイドリ目』(ヒクイドリ目 Casuariiformes はヒクイドリ科 Casuariidae とエミュー科 Dromaiidae とからなる二属四種のみ)『の中では最大で』、現生種では先のダチョウに次いで二番目に重い鳥で、最大体重は八十五キログラム、全長は一メートル九十センチメートルにもなる(一般的な全長は一・二七~一・七〇センチメートルで。の体重は約五十八キログラムであるのに対し、の体重は約二十九~三十四キログラムでの方がよりも大きい。調べて見ると、皮膚の色もの方が鮮やかであり、頭頂の角質の兜様部分もの方が大きいから、性的二形である。『頭頂に大型で扁平な兜状の角質突起がある』。『頭部から頸部にかけて羽毛がなく、青い皮膚が裸出する』。『頭に骨質の茶褐色のトサカがあり、藪の中で行動する際にヘルメットの役割を果たす』他に、『暑い熱帯雨林で体を冷やす役割がある』。『毛髪状の羽毛は黒く、堅くしっかりとしており、翼の羽毛に至っては羽軸しか残存しない。顔と喉は青く、喉から垂れ下がる二本の赤色の肉垂を有し、体色は極端な性的二型は示さないが、メスの方が大きく、長いトサカを持ち、肌の露出している部分は明るい色をしている。幼鳥は茶色の縦縞の模様をした羽毛を持つ』。『大柄な体躯に比して翼は小さく飛べないが、脚力が強く時速』五十キロ『程度で走ることが出来る』。三『本の指には大きく丈夫な刃物のような』約十二センチメートル『の爪があり』、『鱗に覆われた頑丈な脚をもつ。性質は用心深く臆病だが』、『意外と気性が荒い一面がある。この刃物のような鉤爪は人や犬を、刺すなどをして殺す能力もある』。『低地の熱帯雨林に生息する』。『主に単独もしくはペアで生活する』。『食性は果実を中心とした雑食性で、森林の林床で落ちている果実を採餌し、大きな種子を持った果実でも啄ばんで丸呑みする』。一『日に』五キログラム『のえさを必要とし、そのために』一『日に』二十キロメートル『も歩き回る』。『ヒクイドリ属の鳥には、他の動物には毒性をしめすキョウチクトウ科ミフクラギ属のコバナミフクラギ』(Cerbera floribunda)『という植物の果実を安全に消化する能力がある』。『果実と一緒に飲み下された種子は糞と共に排出される事で芽吹き、ヒクイドリ属の鳥の移動とともに広範囲に種子が散布される』『ので、果実食の習性は彼等が生きる森林を維持するのに重要な役割を担っている』とも言える。『カタツムリや小型の哺乳類の死骸も食べる』。『繁殖期は』六~十月で、『オスは地上に、草本植物を使って』五~十センチメートル『の厚さで、幅が最大』一メートル『ほどの巣を作る』。『これは卵の周辺から水分を排出するのに十分な厚さである。メスは卵を産むのみで、産卵後は別のオスを探しにその場から消える。メスは』九・五~十三・五センチメートル『の大きさの卵を』、一回に三つから四つ『産卵する。卵は表面がざらざらしており、最初は明るい薄緑色で、時を経るにつれ色あせていく』。『オスが卵を抱卵し、ヒナを単独で育てる。卵がかえるのはおよそ』二『ヵ月後で、充分な餌が取れないオスはその間、体重が』五キログラム『前後減る。ヒナは産毛もなく、トサカは生えかかった程度である。ヒナにとってオオトカゲが天敵で、オスはオオトカゲを威嚇して追いはらう。成長したトサカが生えるまで』三~四年かかる。『繁殖期の間、とどろくような鳴き声やシューという鳴き声、もしくはゴロゴロというような鳴き声を発する。幼鳥はオスを呼ぶために高い音程の口笛のような鳴き声を頻繁に発する』。『食用とされることもあり、成鳥は銃などによって狩猟され、雛は捕えて生育してから食べられることが多い』。『森林伐採・農地開発による生息地の破壊、食用の狩猟などにより生息数は減少している』。『一方で近年の調査では生息数が従来考えられていたよりも多いと推定され』、二〇一七『年現在は絶滅のおそれは低いと考えられている』。『オーストラリアではサイクロンによる影響(サイクロンの後は本種の交通事故が増加するという報告もある)も懸念されている』とある。本文でも人を殺傷することが記されてあるが、ネットでは『鬼キックで人も殺せる!世界一危険な鳥「ヒクイドリ」』が、その恐ろしさをよく判らせる。実際に恐ろしさを知らずに殺された人のケースも挙げてある

「馳蹄鷄〔(だていけい)〕」歩行速度の速さと頑丈な脚を意味する異名であろうと思ったが、「本草綱目」を見ると、「駝」で、これは誤字だわさ。とすると、駱駝の蹄(ひづめ)のような強力な爪のことか

「駝鳥〔(だてう)〕」これは本種ヒクイドリが江戸初期の「駝鳥」(だちょう)であったことをよく示している。良安がここで「鳳五郎 (現在の真正の駝鳥(ダチョウ目ダチョウ科ダチョウ属ダチョウ Struthio camelusと本種を並べているところに、そうした意外な実相が見えてきて、誠に面白いではないか。

「骨托禽〔(こつたくきん)〕」頭頂に大型で扁平な兜のような「骨」のように硬い角質突起を「載せている」(「托」)鳥の意であろうかと考えたのだが、「本草綱目」の説明(以下に出す)では、「駝」のただの転訛字とする。じゃあ、「骨」は何?

『「本綱」に諸書を載せて云ふ〔も〕、其の、同じからざること有り……最初に良安が言い添えするかのような、珍しい引き方に見えるが、実は以下を見ると判る通り、これは本文末にある時珍の言葉「諸書所記稍有不同」(諸書、記す所、稍(やや)同じからざる有るも)を恰も自分の言葉のように最初に仕込んだだけのことである。しかも時珍は「實皆一物也」(實は、皆、一物也なり)と断じているのを外した結果、妙に尻座りの悪い引用になってしまっている。あかんね、良安先生。「本草綱目」では項目名が既にして「駝鳥」であるのも確認されたい。

   *

駝鳥【「拾遺」。】

釋名駝蹄雞【「綱目」】。食火雞【同上】。骨托禽。時珍曰、「駝」象形、「托」亦駝字之訛。

集解蔵器曰、駝鳥如駝、生西戎。髙宗永徽中、吐火羅獻之。髙七尺、足如槖駝、鼓翅而行、日三百里、食銅鐵也。

時珍曰、此亦是鳥也、能食物所不能食者。按草李延壽「後魏書」云、波斯國有鳥。形如駝、能飛不髙高、食草與肉。亦噉火、日行七百里。郭義恭「廣志」云、安息國貢大雀、雁身駝蹄、蒼色、舉頭高七八尺、張翅丈餘、食大麥、其卵如甕、其名駝鳥。劉郁「西域記」云、富浪有大鳥、駝蹄、髙丈餘、食火炭、卵大如升。費信「星槎錄」云、竹步國、阿丹國俱出駝蹄雞、高者六七尺、其蹄如駝。彭乘「墨客揮犀」云、骨托禽出河州。狀如鵰、高三尺餘、其名自呼、能食鐵石。宋祁「唐書」云、開元初、康國貢駝鳥卵。鄭曉「吾學編」云、洪武初、三佛臍國貢火雞、大于鶴、長三四尺、頸足亦似鶴、嘴軟紅冠、毛色如靑羊、足二指、利爪、能傷人腹致死、食火炭。諸書所記稍有不同、實皆一物也。

屎【氣味】無毒。

主治人誤吞鐵石入腹、食之立消【蔵器。】。

   *

「主治」が面白いね。

「鴈〔(かり)〕」広義のガン(「鴈」「雁」)はCarinatae 亜綱Neornithes 下綱Neognathae 小綱カモ目カモ科ガン亜科 Anserinae の水鳥の中で、カモ(カモ目 Anseriformesカモ亜目 Anseresカモ科 Anatidae の仲間、或いはマガモ属 Anasより大きく、ハクチョウ(カモ科Anserinae亜科Cygnus属の六種及びCoscoroba 属の一種の全七種)より小さい種群の総称である。

「駝〔(らくだ)〕」哺乳綱ウシ目ラクダ科ラクダ属ヒトコブラクダ Camelus dromedarius とフタコブラクダ Camelus ferus であるが、ウィキの「ラクダ」によれば、『ヒトコブラクダの個体群はほぼ完全に家畜個体群に飲み込まれたため、野生個体群は絶滅した。ただ、辛うじてオーストラリアで二次的に野生化した個体群から、野生のヒトコブラクダの生態のありさまを垣間見ることができる。また』、二〇〇一『年には中国の奥地にて』一千『頭のヒトコブラクダ野生個体群が発見された。塩水とアルカリ土壌に棲息していること以外の詳細は不明で、遺伝子解析などは調査中である。この個体群についても、二次的に野生化したものと推測されている。したがって、純粋な意味での野生のヒトコブラクダは絶滅した、という見解は崩されずにいる』。一方、『野生のフタコブラクダの個体数は、世界中で約』一千『頭しかいないとされて』おり、二〇〇二年に『国際自然保護連合(IUCN)によって絶滅危惧種に指定され、レッドデータリストに掲載されている』とある。

「丈餘」三メートル強。

「大麥」単子葉植物綱イネ目イネ科オオムギ属オオムギ Hordeum vulgare

「火炭〔(ひずみ)〕」真っ赤に焼けている炭。

「波斯(ペルシヤ)國」現在のイランの古名。

「三佛齋(サフサイ)」ウィキの「三仏斉(さんぶつせい)」によれば、十世紀初めから十五世紀初めまでの『漢文史料に登場する東南アジアの交易国家』で、嘗ては『室利仏逝(シュリーヴィジャヤ王国)』(インドネシア・マレー半島・フィリピンに大きな影響を与えたスマトラ島のマレー系海上交易国家。アラブの資料では「ザバック」「サバイ」「スブリサ」の名で出る。王国の起源ははっきりしないが、七世紀にはマラッカ海峡を支配して東西貿易で重要な位置を占めるようになっていた国家であるという)『と同一視されてきたが、同時に複数の三仏斉国が中国の王朝に朝貢したという記録があり、三仏斉注輦(チョーラ)国、三仏斉詹卑(ジャンビ)国、三仏斉宝林邦(パレンバン)などの表記がみられたりするところから、単一の国家ではなく、マラッカ海峡地域における港市国家の総称と把握されるようになった。三仏斉とシュリヴィジャヤ・グループのビッグ・スリーすなわちチャイヤー、ケダー、ジャンビの』三『カ国が朝貢のための統一政体として』九『世紀の末に形成されたものと考えられる』一〇二五年に『タミール王国(南インド)にケダーをはじめマレー半島が占領されたが、これはマレー半島横断通商路の独占を狙ったものであり』、一〇八〇年頃には『返還された。南宋が朝貢制度をやめ』、『市舶司制度に』一『本化する』十二『世紀末まで続いた』。『三仏斉は』、九『世紀後半以降のアラビア語史料に現れるザーバジュ』『に相当するとみられる。アラブ史料によれば、ザーバジュの大王が治める』国々『には、スマトラ島北端部のラムリ、マレー半島西岸のクダ、それにスリブザなどがあったとされており、このスリブザこそ、かつてのシュリーヴィジャヤではなかったかとみられる。三仏斉になってもザーバジュ(三仏斉)のなどと呼ばれていた。西方諸国は三仏斉の内容については関知していなかったようである。三仏斉は朝貢品をパッタルンに集約し、Sating Phra港から中国向けに出荷していたものとみられる。これは後期「訶陵」(シャイレンドラ)時代からそうしていたものと考えられる』とある。因みに、東洋文庫訳では、『三仏斉』に『さんぶつさい』のルビを振った後に、割注で『シュリーヴィジャ。ジャワ・スマトラ』としている。この句点と中黒は如何にも半可通でやな感じである。

「安息〔(あんそく)〕」古代イランに存在した王朝パルティア(紀元前二四七年~紀元後二二四年)の漢名。ウィキの「パルティア」によれば、『王朝の名前からアルサケス朝(アルシャク朝)とも呼ばれ、日本語ではしばしばアルサケス朝パルティアという名前でも表記される。前』三『世紀半ばに中央アジアの遊牧民の族長アルサケス』世(アルシャク世)に『よって建国され、ミトラダテス』世(ミフルダート世 在位:紀元前一七一年~紀元前一三八年)の『時代以降』、現在のイラク・トルコ東部・イラン・トルクメニスタン・アフガニスタン西部・パキスタン西部に相当する西アジアの広い範囲を支配下に置いていた。その広域の旧地方をここは指す。紀元前一世紀以降、『地中海世界で勢力を拡大するローマと衝突し、特にアルメニアやシリア、メソポタミア、バビロニアの支配を巡って争った。末期には王位継承を巡る内乱の中で自立したペルシスの支配者アルダシール』世(在位:二二六年~二四〇年)に『よって滅ぼされ、新たに勃興したサーサーン朝に取って代わられた』とある。

「咬𠺕吧(ジヤガタラ)國」インドネシアの首都ジャカルタの古称及び同国。

「加豆゙和留〔(カヅワル)〕」漢字の「豆」に濁点が打たれているのである。

「火燼(もへぐい[やぶちゃん注:ママ。])」「燃え杭(ぐひ)」。「燃え灰(ぐひ)」とも書くようだ。未だ火の残っている燃えさしのこと。

「禍斗獸〔(くわとじう)〕」「火を食ふ獸〔(けもの)〕なり。狀〔(かたち)〕、犬のごとくにして、能く火を食ふ。其の糞も復た、火と爲〔(な)〕り、能く人の屋〔(いへ)〕を燒く」これは「禽部」のここにして掟破りである。しかも、これは中国南部の少数民族に対する忌まわしい差別語でもあるのである。ウィキの「禍斗」を引く。『禍斗(かと Huotou)は中国南方の少数民族。しかし南方異民族を妖怪化させるため犬の姿をし、犬の糞を食べ、炎を吹き散らす怪物として形容された。禍斗の至る』『所では火災が発生するとされ、古代においては火災をもたらす不吉な象徴とされた。また一説では炎を食べ、火を帯びた糞を排出するとも言われる。その名は「火を食う獣」を意味する』。『妊娠後』一『ヶ月後の母犬に流星の破片が当たり』、『生まれた犬が禍斗であるとされる。禍斗の外見は普通の犬と同じであるが、禍斗の体毛は黒色であり独特の光沢を帯びている。外見上は怪物であることは分からないが、火神を助け、時に火神がその職を辞した際には火神の職司を司ることもあった』。『禍斗は一般の犬が食べる食物には興味を持たず、火神に従い』、『炎を食べるとされる。雷神は雷車に乗り』、『大地を巡幸する際には禍斗は雷神の後ろに従う。雷神が雷斧を振りかざし地上に火災を引き起こすと』、『禍斗は炎の中に飛び出し』、『その炎を食らい、排出する便もまた炎である。禍斗の口から炎が噴出すこともあり、禍斗』の周囲『は炎で包まれるとされ、古人の恐怖の対象となった』。また「山海経」に『よれば、禍斗が食事をしない際には』、『南方海上に位置する厭火国に集まって暮らしているとされる』とある。

「火鴉〔(くわあ)〕」中文サイトにのみ見出せ、よく判らぬが、どうも前の「禍斗獸」と同じ忌まわしい感じがする。

「徼」(音「ケウ(キョウ)」慣用音「ゲウ(ギョウ)」)は「巡る・見廻る」「求め得ぬものを無理に求める」の他に「境・国境」の意がある。]

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