萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) さびしい來歷
さびしい來歷
むくむくと肥えふとつて
白くくびれてゐるふしぎな球形の幻像よ
それは耳もない 顏もない つるつるとして空にのぼる野蔦のやうだ
夏雲よ なんたるとりとめのない寂しさだらう
どこにこれといふ信仰もなく たよりに思ふ戀人もありはしない。
わたしは駱駝のやうによろめきながら
椰子の實の日にやけた核(たね)を嚙みくだいた。
ああ こんな乞食みたいな生活から
もうなにもかもなくしてしまつた
たうとう風の死んでる野道へきて
もろこしの葉うらにからびてしまつた。
なんといふさびしい自分の來歷だらう。
[やぶちゃん注:「核」の字は底本では(つくり)が「亥」ではなく、「玄」の一画目と三画目を一本した奇体な字体で、表示出来ないため、筑摩書房版全集校訂本文の採用する「核」で示した。大正一一(一九二二)年六月号『日本詩人』初出。初出に有意な異同はない。「底本靑猫」は以下。
*
さびしい來曆
むくむくと肥えふとつて
白くくびれてゐるふしぎな球形(まり)の幻像(いめいぢ)よ
それは耳もない 顏もない つるつるとして空にのぼる野蔦のやうだ
夏雲よ。なんたるとりとめのない寂しさだらう!
どこにこれといふ信仰もなく たよりに思ふ戀人もありはしない。
わたしは駱駝のやうによろめきながら
椰子の實の日にやけた核を嚙みくだいた。
ああ こんな乞食みたいな生活から
もうなにもかもなくしてしまつた。
たうとう風の死んでる野道へきて
もろこしの葉うらにからびてしまつた。
なんといふさびしい自分の來曆だらう。
*
「來曆」は「來歷」の方が私などにはしっくりくるのだが、実は本書の「目次」の方ではこの詩篇の標題は事実、「さびしい來曆」となっているのであった。
「野蔦」「のづた」。ブドウ目ブドウ科ツタ属
Parthenocissus に属する多様なツタ類を指すが、それに、全くの別種であるセリ目ウコギ科 Aralioideae亜科キヅタ属キヅタ
Hedera rhombea をも含めて考えた方がよい。
「もろこし」「蜀黍」「唐黍」。老婆心乍ら、トウモロコシではない。単子葉植物綱イネ目イネ科モロコシ属モロコシ Sorghum bicolor である。熱帯アフリカ原産の一年草の穀物。丈が高くなるところから「高黍」(たかきび)とも呼び、或いは中国語の「高粱」(Gāoliang)の音写に成る外来語「コーリャン」や、種名の「ソルガム」が商品名として知られる。ウィキの「モロコオシ」によれば、『穀物としての生産面積ではコムギ、イネ、トウモロコシ、オオムギに次いで世界』で第五位に位置する耕作穀物で、『乾燥に強く、イネ、コムギなどが育たない地域でも成長する』とある。
なお、本篇を以ってパート「さびしい靑猫」は終わっている。]
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