萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 白い牡鷄
白 い 牡 鷄
わたしは田舍の鷄(にはとり)です
まづしい農家の庭に羽ばたきし
垣根をこえて
わたしは乾(ひ)からびた小蟲をついばむ。
ああ この冬の日の陽ざしのかげに
さびしく乾地の草をついばむ
わたしは白つぽい病氣の牡鷄(をんどり)
あはれな かなしい 羽ばたきをする生物(いきもの)です。
私はかなしい田舍の鷄(にはとり)
家根をこえ
垣根をこえ
墓場をこえて
はるかの野末にふるへさけぶ
ああ私はこはれた日時計 田舍の白つぽい牡鷄(をんどり)です。
[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年五月号『婦人公論』。初出は標題が「白い雄鳥」で、第一連が有意に長い。以下に示す。但し、総ルビであるが、必要と思われる部分のみのパラルビとした。
*
白 い 雄 鳥
わたしは田舍の鷄(にはとり)です
まづしい農家の庭に羽ばたきをし
垣根をこえて
私はひからびた小蟲(こむし)をついばむ
ああ この冬の日の陽ざしの影に
さびしく乾地(かんち)の草をついばむ
私は白つぽい病氣の雄鳥(をんどり)
あはれな かなしい 羽ばたきをする生物(いきもの)です。
ああ だれかこの嘆きをしるか
庭にの野菊のしほれて[やぶちゃん注:「しほれて」はママ。]
日(ひ)は遠く海の向(むかふ)へかたむきさり[やぶちゃん注:ルビ「むかふ」はママ。朔太郎のよくやる癖ではある。]
ひとり戀人は島(しま)の上にさすらひたまふ
夕風にゆられ ゆられて
はや暮れる日ざしのかげにこの幻(まぼろし)もかげりゆく。
私はかなしい田舍の鷄(にはとり)
家根をこえ
垣根をこえ
墓場をこえ
はるかの野末(のずゑ)にふるえさけぶ[やぶちゃん注:ルビの「のずゑ」、本文「ふるえ」はママ。]
ああ私はこわれた日時計 田舍の白つぽい雄鳥(をんどり)です。[やぶちゃん注:「こわれた」はママ。
*
「定本靑猫」では標題から本文まで三箇所の「牡鷄」を「雄鷄」とする以外は有意な異同を認めない。
なお、不思議なことに、筑摩版全集校異はこの初版を「さびしく乾地(かんち)の草をついはむ」として濁点を打って訂したことになっている。私のも初版なのだ。或いは印刷途中に、「は」が清音であることに気がついた印刷工が「ば」に差し替えたものか?]
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