萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 題のない歌
題のない歌
南洋の日にやけた裸か女のやうに
夏草の茂つてゐる波止場の向うへ ふしぎな赤錆びた汽船がはひつてきた
ふはふはとした雲が白くたちのぼつて
船員のすふ煙草のけむりがさびしがつてる。
わたしは鶉のやうに羽ばたきながら
さうして丈(たけ)の高い野茨の上を飛びまはつた
ああ 雲よ 船よ どこに彼女は航海の碇をすてたか
ふしぎな情熱になやみながら
わたしは沈默の墓地をたづねあるいた
それはこの草叢(くさむら)の風に吹かれてゐる
しづかに 錆びついた 戀愛鳥の木乃伊(みいら)であつた。
[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年五月号『日本詩人』初出。初出・「定本靑猫」に有意な異同を認めない。「錆」(さ)「びついた」「戀愛鳥の木乃伊(みいら)」は絶妙の詩語である!
「鶉」「うづら」。キジ目キジ科ウズラ属ウズラ
Coturnix japonica。ウズラは叢の中にいて、飛ばない或いは飛ぶのが苦手であると思い込んでいる方が私は多いと思うので、一言、言っておくと、彼らはしっかりちゃんと飛ぶ。それより何より、ウズラはキジ科
Phasianidae の中で唯一、渡りを行う「渡り鳥」なのである。ウィキの「ウズラ」によれば、本邦(主に本州中部以北)・モンゴル・朝鮮半島・シベリア南部・中国『北東部などで繁殖し、冬季になると日本(本州中部以南)、中華人民共和国南部、東南アジアなどへ南下し』、『越冬する』。『日本国内の標識調査の例では北海道・青森県で繁殖した個体は主に関東地方・東海地方・紀伊半島・四国などの太平洋岸で越冬し、九州で越冬する個体は主に朝鮮半島で繁殖した個体とされる(朝鮮半島で繁殖して四国・山陽地方・東海地方へ飛来する個体もいる)』とある。
「野茨」「のいばら」。私の好きな、バラ亜綱バラ目バラ科バラ亜科バラ属ノイバラ Rosa multiflora。
「彼女」フロイトを出す以前に、船は女性名を附すことはご存じの通り。
「碇」「いかり」。]
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