萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 佛の見たる幻想の世界
[やぶちゃん注:前の「憂鬱の川邊」と本篇の間にある挿絵「古風ナル艦隊」。作者・引用元不詳。さても、先の「西洋之圖」とこの二枚を、萩原朔太郎は、詩篇とは全く無関係に挿絵を挿入していることは明らかである。私は総じて評論〈文学〉を総じて胡散臭いものと感ずる人間であるが、中でも詩人を評論するのは至難の技だと思うによって、たいして読んでもいないから何とも言えぬが、初版「靑猫」のこの二枚の挿絵は、何故、ここに挿入されているのか? という素朴な疑問に真っ向から分析を加えている論文はあるのだろうか? 寧ろそれは、文芸評論家のそれではなく、生活史に甚だ問題のある萩原朔太郎という詩人の病跡学的範疇に入るものという気が強くしている(私は『日本病跡学雑誌』を長らく購読し続け、その方面の心理学者や精神科医の著書ならば、ごまんと読ませて貰っている。但し、それらも残念ながら、八割方は『こんなもん、俺でも書ける』レベルのものであったことも事実ではある)。単なる西欧ハイカラ趣味嗜好なんぞで解釈出来る部類のものでは毛頭ない。そうした分野からの画期的な分析やアプローチが是非とも望まれるもののように思われてならない。]
佛の見たる幻想の世界
花やかな月夜である
しんめんたる常盤木の重なりあふところで
ひきさりまたよせかへす美しい浪をみるところで
かのなつかしい宗教の道はひらかれ
かのあやしげなる聖者の夢はむすばれる。
げにそのひとの心をながれるひとつの愛憐
そのひとの瞳孔(ひとみ)にうつる不死の幻想
あかるくてらされ
またさびしく消えさりゆく夢想の幸福とその怪しげなるかげかたち
ああ そのひとについて思ふことは
そのひとの見たる幻想の國をかんずることは
どんなにさびしい生活の日暮れを色づくことぞ
いま疲れてながく孤獨の椅子に眠るとき
わたしの家の窓にも月かげさし
月は花やかに空にのぼつてゐる。
佛よ
わたしは愛する おんみの見たる幻想の蓮の花瓣を
靑ざめたるいのちに咲ける病熱の花の香氣を
佛よ
あまりに花やかにして孤獨なる。
[やぶちゃん注:大正七(一九一八)年一月号『文章世界』初出。初出は総ルビであるが、この当時のこうした総ルビの作品は、概ね、編集者や校正者が勝手に附したものであって、それを以って云々することは厳に慎まれなければならない。例えば「蓮」には「はちす」とあるが、朔太郎が「はす」ではなく「はちす」と詠んだかどうかは、私には断定出来ないということである(但し、個人的には「はちす」と読みたい私はいる)。初出も後の「定本靑猫」も有意な相違を私は認めない。
「しんめんたる」不詳。私はこんな形容動詞は知らぬ。どうも朔太郎の造語のようである。調べて見ると、筑摩版全集第三巻の「原稿散逸詩篇」の中の、小学館版の「萩原朔太郎全集遺稿上」(全集自体は昭和一八(一九四三)年から翌一九(一九四四)年にかけての刊行)に活字化されて載りながら、現在、詩稿が存在しない詩篇の一つ(無題)に、
*
あはれしんめんたる雨の渚に
たましひはひたにぬれつつ步むらむ
くねりつつうちよする浪
浪の音のきえさり行けば
うちよする浪の音の
浪の音の消えさりゆけば
たましひは砂丘の影に夢むらむ。
*
というのがあるのを発見した。また、本篇初出の翌年の大正八年八月号『文章世界』に載せた散文詩(アフォリズム)の中に、まさに本篇のイメージを言い換えたものが出現し、そこでも「しんめんなる」が用いられてある。最後の附記(これは本文と関係するものではないが、本条は萩原朔太郎のアフォリズム群の一番最初期に含まれる一篇であり、その後の散文詩としての彼のアフォリズムを考える上で非常に示唆に富む主張が語られていることから、敢えて添えた)含め、長いが、以下に示す。筑摩版全集第五巻を用いたが、太字「いぢや」(イデア:idea)は底本では傍点「●」(有意に大きな黒丸)、下線は通常の傍点「ヽ」である。
*
美しき涅槃
私は美しいいぢや(觀念)をみた。プラトーンに、耶蘇に、マホメツトに、そして釋迦に。
ともあれ、人間のすべてのいぢやは虹の幻覺にすぎない。いぢやは一つの『美しき夢』である。それ故、願ふらくは吾人をして、より美しき夢を選ばしめよ。もしくは『神』もしくは『佛』もしくは天國、もしくは西方淨土、もしくは理性の王國、これらのすべてのいぢやの中、最もよきいぢやとは、けだし最も高潮的な情緖――最も抒情詩的な美――を持てるものに外ならぬ。何故ならば、それは人間をして、充分なる幸福、卽ち『甘き陶醉』に導くからである。
およそ人間のいぢやの中、釋迦の夢みたいぢやほど偉大にして價値あるものはない。かくの如く智慧深く、かくの如く深酷に、しかもかくの如く異常な情緖的魅惑をもつたものはない。耶蘇の情緖は、その熾烈なパツシヨンに於て、よく人を興奮させるものがある。卽ちそこには動的な美とリズムがある。然るに釋迦の感情は、内に大なる理智をふくんで、しかも靜かに之れを押し流して行く大河の美に似て居るではないか。
息ふに小乘佛教の趣味ほど、人生に對して『美しき月影』をあたへるものはない。それは熱帶の河に咲く蓮の花の情調である。あらゆる人間の慾望と、らちゆる生命意識とを否定した釋迦、げに人生そのものをすら惡なりとした彼。偉大なるヒューマニチイの大否定者。しかしこの恐ろしい價値の否定者は、そのすべての總勘定に於て、ただ一つの價値を許した。その一つの價値とは何であるか。それこそ人性に於て、惡の惡、醜の醜と認めるところの者、卽ち『死』そのものの價値ではなかつたか。
そもそも『價値としての死』とは何か。言ふ迄もなく『美としての死』『善としての死』『眞としての死』であり、一言にしていいへば『情緖としての死』である。ここにかの怪しげなる『涅槃』の夢は浮かんでくる。眞理と冥合せる死、至善としての死、世に之れほど神祕的な幻想があるか。かかるいぢやは、人心の奧深くひそむ象徴の機密にふれてのみ、始めて幽かにその匂ひをかぐことができる。說いて言葉につくすべきものではない。
思ふ。熱帶の眞晝、しんめんたる森林の奧に居て、ほのかに匂ふ蓮の花の微光を。そもそも佛の涅槃は、靑白き病熱の幻覺にすぎないのであらうか。ともあれ、夢の中の生をして、夢の中の事實を信ぜしめよ。ああ、一つの魅惑ある情緖――美しき涅槃。
[やぶちゃん注:以下は底本ではポイント落ちで全体が一字下げである。]
附記。散文詩と抒情詩――特に自由詩形による抒情詩――との區別は、私にとつて明白でない。倂し、思ふに、そんな區別はどこにもないのだらう。丁度、詩と散文との識域がぼかしになつてゐるやうに、散文詩と自由詩(抒情詩としての)の識域もぼかしになつてゐるのだらう。要するにより情緖的なものが抒情詩であり、より槪念的なものが散文詩である。だから今日に於て、眞の意味での抒情詩と言へば、徹底した直感的表現、卽ち所謂『象徵詩』より外にはないわけである。象徵詩以外の自由詩は、皆一種の散文、若しくは散文詩と見るのが至當である。元來言へば始から完全の韻律がない日本語に於て、自由詩といふやうな槪念の存在すべき理由がない。日本語で自由詩の槪念を許すならば、古事記や、源氏物語や、徒然草やは、すべて皆自由詩である。言ひ代へれば、自由詩卽ち散文詩である。倂し、西洋に起つた自由詩の運動は、高踏派や古典派の形式偏重に對する浪漫主義の新發展であるから、それが散文詩への弛緩――韻律上の墮落――でなくして、全く抒情詩としての權威――純粹詩歌としての權威――に於て新方面を望んだ者であることが明らかである。之れに反して、日本には本來『韻律』といふものがないのである。日本語には『調子(タイム)』だけあつて『旋律(メロデイ)』がない。それ故、日本でいふ自由詩とは、單に『調子の自由』といふことであつて『韻律の自由』といふことにならない。日本には昔から散文詩といふ言葉もなく、敍事詩といふ言葉もなかつた。何故ならば、すべての散文――古事記や、源氏物語や、平家物語や――は、それ自身に於て散文詩であるからである。日本語で書けば必ず一種の調子が出る。そしてこの調子が、日本語に於ける唯一のリズムである。だから日本で『詩』と言へば、一定の格調あるフレーズを、一定の格調なきフレーズに對照させる時にのみ意義があるのである。尤も西洋でも、近來『自由詩は詩に非ず』といふ説が權威を持つてゐるやうだが、日本のやうに自由詩そのものの意義が空虛な所では、尚更のこと『自由詩は詩に非ず』でなければ、ならない。――倂し、ここで『詩に非ず』といふのは、狹義の意味の詩、卽ち『抒情詩に非ず』といふ意味なのは勿論である。詩(ポエム)の槪念を擴大すれば、自由詩と雖も、失張一種の詩であるにはちがひないが、かくては詩といふ言葉が、散文に對して言はれる特質を失つてしまふ。――だから自分は、要するに、散文と、散文詩と、觀念抒情詩と、純粹抒情詩との識域をば、一つの曖昧なぼかしの上に置きたいと思ふ。現代の日本詩人は、自ら抒情詩人と名乘る必要もなく、自ら散文詩人と斷る必要もない。彼の作が、果して抒情詩の批判に於て許さるべきものか――しかく[やぶちゃん注:「然く・爾く」(副詞「しか」+副詞語尾「く」)で「そのように・そんなに」の意であろう。]情緖的、象徵的であるか――若しくはそれが抒情詩として許すべく、あまりに槪念的、說明的であるかといふこと、卽ち事案上、それは『詩としての價値』をもつか『散文としての價値』を持つかといふことは、全く讀者自身の觀照に一任すべき問題でなければならぬ。散文詩と散文との批判も全く之れに準ずべきである。私はかりに自作に對して『散文詩』といふ名稱をあたへた。倂しそれが、若し讀者に對して次のやうな觀念――詩といふべくあまりに實感的(非情緖的)であるとかあまりに槪念的であるとかいふ觀念――をあたへるならば、私は直ちに詩といふ名義を撤囘したい。之れに反して、若しそれが讀者に充分なる情緒的興奮(魂を現實以外に引きあげる興奮)をあたへることができるならば、あへて必しも散文詩と斷らないで一層大膽に抒情詩と自稱してもよいのである。
*
さて、これらから推すに、「しんめんなる」は「眞面なる」であり、「如何にもそう呼ぶに相応しい内実と外見をその対象が持っているさま」「真実にして誠(まこと)にそう呼ぶに相応しいさま」という意味と採ってよいと私は考えている。
「常盤木」「ときはぎ(ときわぎ)」であろう(初出ルビもそうなってはいる)。但し、現行の植物学上の「常緑広葉樹(林)」を指してはいない。まさに「しんめんなる」永遠に枯れることのない聖樹でなくてはならぬ。
「愛憐」「あいれん」であろう(初出ルビもそうなってはいる)。「哀憐」と同じで、「哀れみ、慈(いつ)しむこと」の意。
なお、筑摩版「萩原朔太郞全集」第一巻の『草稿詩篇「靑猫」』には、本篇の草稿として『佛の見たる幻想の世界(本篇原稿一種一枚)』として以下の無題一篇が載る。表記は総てママである。アラビア数字は朔太郎がふったもの。
*
○
いま疲れてながく孤獨の椅子に眠るとき、
私の家の窓にも月がさし、
月は花やかに空にのぼつて居る。
1佛よ、
2私は愛する、おんみの親たる幻想の蓮の花を、
その花のかぐはしい
靑ざめた生に 花咲く夢想の→晚ける病熱の夢想の花を 幸福を、
3靑ざめた生命に咲ける病熱の幸福を花の香氣を
とりわけてすべてを熱病の夢の中に、
佛よ
佛よ、ああとりわけてすべてを愛憐の夢の中に
あまりに孤獨にして花やかにして孤獨なる
佛よ 4ひとり私のたましひのすすりなくとき
*]
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