萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 綠色の笛
綠色の笛
この黃昏の野原のなかを
耳のながい象たちがぞろりぞろりと步いてゐる。
黃色い夕月が風にゆらいで
あちこちに帽子のやうな草つぱがひらひらする。
さびしいですか お孃さん!
ここに小さな笛があつて その音色は澄んだ綠です。
やさしく歌口(うたぐち)をお吹きなさい
とうめいなる空にふるへて
あなたの蜃氣樓をよびよせなさい
思慕のはるかな海の方から
ひとつの幻像がしだいにちかづいてくるやうだ。
それはくびのない猫のやうで 墓場の草影にふらふらする
いつそこんな悲しい暮景の中で 私は死んでしまひたいのです。お孃さん!
[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年五月号『詩聖』初出。初出では、「さびしいですか お孃さん!」は「さびしいですか、お孃さん」で、コーダの「いつそこんな悲しい暮景の中で 私は死んでしまひたいのです。お孃さん!」も「いつそこんな悲しい暮景の中で、私は死んでしまひたいのです、お孃さん」と迫力がない。「定本靑猫」では「幻像」に「いめぢ」とルビすることと、「いつそこんな悲しい暮景の中で 私は死んでしまひたいのです。お孃さん!」が「いつそこんな悲しい景色の中で 私は死んでしまひたいのよう! お孃さん!」の二箇所(厳密には「暮景」を「景色」としているので三点)、で大きく相違するが、そちらは逆に粉飾にして過剰で厭だ。]
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