萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 囀鳥
囀 鳥
軟風のふく日
暗鬱な思惟(しゐ)にしづみながら
しづかな木立の奧で落葉する路を步いてゐた。
天氣はさつぱりと晴れて
赤松の梢にたかく囀鳥の騷ぐをみた
愉快な小鳥は胸をはつて
ふたたび情緖の調子をかへた。
ああ 過去の私の鬱陶しい瞑想から 環境から
どうしてけふの情感をひるがへさう
かつてなにものすら失つてゐない
人生においてすら。
人生においてすら 私の失つたのは快適だけだ
ああしかし あまりにひさしく快適を失つてゐる。
[やぶちゃん注:「囀鳥」は「てんてう(てんちょう)」と読ませるようである。「囀っている鳥」の意ではある。大正一〇(一九二一)年十月号『日本詩人』(創刊号)初出。初出では標題が「快適を失つてゐる」で、最終行「ああしかし あまりにひさしく快適を失つてゐる。」が「ああしかし あまりに久しく快適を失つてゐる。」で太字は傍点「●」(大きな黒丸)である以外は、有意な異同は認められないが、以前、電子化した初出の正字不全を修正したので、こちらをお見られたい。「定本靑猫」でも有意な異同は認めない。]
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