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2019/01/09

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 夢にみる空家の庭の祕密

 

 

Seiyounozu

 

[やぶちゃん注:ここ(「憂鬱なる花見」の後。左ページ)に以上の「西洋之圖」が入る。ヴィジュアルに底本から撮ることとしているため、綴目近くにハレーションのようなものが入っているのはお許しあれ。筑摩版全集解題によれば、以上の画像はサンフランシスコの絵葉書とある。それにしても、この詩篇の間に、これは、ねえだろ! 朔太郎!

 

 

  夢にみる空家の庭の祕密


その空家の庭に生えこむものは松の木の類

びわの木 桃の木 まきの木 さざんか さくらの類

さかんな樹木 あたりにひろがる樹木の枝

またそのむらがる枝の葉かげに ぞくぞくと繁茂するところの植物

およそ しだ わらび ぜんまい もうせんごけの類

地べたいちめんに重なりあつて這ひまはる

それら靑いものの生命(いのち)

それら靑いもののさかんな生活

その空家の庭はいつも植物の日影になつて薄暗い

ただかすかにながれるものは一筋の小川のみづ 夜も晝もさよさよと悲しくひくくながれる水の音

またじめじめとした垣根のあたり

なめくぢ へび かへる とかげ類のぬたぬたとした氣味わるいすがたをみる。

さうしてこの幽邃な世界のうへに

夜(よる)は靑じろい月の光がてらしてゐる

月の光は前栽の植込からしつとりとながれこむ。

あはれにしめやかな この深夜のふけてゆく思ひに心をかたむけ

わたしの心は垣根にもたれて橫笛を吹きすさぶ

ああ このいろいろのもののかくされた祕密の生活

かぎりなく美しい影と 不思議なすがたの重なりあふところの世界

月光の中にうかびいづる羊齒(しだ) わらび 松の木の枝

なめくぢ へび とかげ類の無氣味な生活

ああ わたしの夢によくみる このひと住まぬ空家の庭の祕密と

いつもその謎のとけやらぬおもむき深き幽邃のなつかしさよ。 

 

[やぶちゃん注:大正六(一九一七)年六月号『感情』初出。「びわ」はママ(筑摩書房版全集は「びは」に強制校訂されている)。

 しかし、ここに大きな問題を見出す筑摩書房版全集の校訂本文は、

   *

ただかすかにながれるものは一筋の小川のみづ 夜も晝もさよさよと悲しくひくくながれる水の音

   *

の部分を、

   *

ただかすかにながれるものは一筋の小川のみづ

夜も晝もさよさよと悲しくひくくながれる水の音

   *

と二行に分けているが、底本の版組を再現すると、

   *

ただかすかにながれるものは一筋の小川のみづ[やぶちゃん注:この下に一字空け。ブラウザの不具合で入らないケースがあるので特に注した。] 夜も[やぶちゃん注:ここで行末。]

晝もさよさよと悲しくひくくながれる水の音

   *

となっており、これが一行であることは、全く論議や校訂の埒外なのである(因みに、本詩集では一貫して、詩の一つの一連の表現が二行に亙る場合、よくある一字下げでそれを示す仕儀は採られていないのである)。しかも、初出形も、

   *

ただかすかにながれるものは一筋の小川のみづ、夜も晝もさよさよと悲しくひくくながれる水の音

   *

と一行なのである。しかも理由を述べずに、天下の筑摩書房版全集は確信犯で二行に分けているのである(校異にそれが出るから、確信犯なのだ。原稿で確認し修正をしたのならまだしも、そのようなことは「校訂凡例」には書かれていないのである。恐らくは掟破りの「定本 靑猫」を時間を遡らせて強引に変形したものと推定される)。こんなことが許されるとは私には到底思われない。但し、後の「定本靑猫」では二行に分けられているようではある。だからと言って、「靑猫」の本文をいじっていいことには到底ならぬ! しかも、それに先行する、昭和三(一九二八)年第一書房版「萩原朔太郎詩集」と翌昭和四年の新潮社刊「現代詩人全集」第九巻のここを同全集の校異で見ると、

   *

ただかすかにながれるものは一筋の小川のみづ 夜も

晝もさよさよと悲しくひくくながれる水の音

   *

と、朗読のリズムから見ても、とってもあり得ない形なのである。これはこの初版「靑猫」の版組を読み違えたものに他ならない。あん? 「何じゃ! こりゃッツ!?!」(ジーパン刑事風に)

 なお、初出は全体に改行に違いは見られるものの、表現に有意な差はなく、「定本靑猫」も同様である。

「松の木」裸子植物門マツ綱マツ目マツ科マツ属 Pinus

「びわの木」被子植物門双子葉植物綱バラ目バラ科サクラ亜科ナシ連ビワ属ビワ Eriobotrya japonica

「桃の木」バラ科モモ亜科モモ属モモ Amygdalus persica

「まきの木」マツ綱マツ目マキ科 Podocarpaceae のマキ(槇)類或いはマキ属イヌマキ Podocarpus macrophyllus

「さざんか」双子葉植物綱ツツジ目ツバキ科 Theeae 連ツバキ属サザンカ Camellia sasanqua

「さくら」モモ亜科スモモ(サクラ)属サクラ亜属Cerasus のサクラ(桜)類。

「しだ」「羊齒」。概ねシダ植物門シダ綱シダ目 Pteridales に属するシダ(羊歯)類。維管束を持った非種子植物で、胞子によって増殖するシダ植物類。旧来の分類が大きく変わったので、詳しくはウィキの「シダ植物」を見られたい。

「わらび」「蕨」。シダ植物門シダ綱シダ目コバノイシカグマ科ワラビ属ワラビ Pteridium aquilinum

「ぜんまい」「薇」。シダ綱ゼンマイ科ゼンマイ属ゼンマイ Osmunda japonica。ワラビとの違いは、新芽の段階でワラビには小さな芽が三つあるのに対し、「ゼンマイ」は大きな渦巻状の芽が一つあることが素人でも分かる大きな違いで、「ワラビ」には微量ながら、発癌物質であるプタキロサイド(ptaquiloside)が含まれ、「ゼンマイ」には含まれていないことである。

「もうせんごけ」「毛氈苔」。食虫植物として知られるナデシコ目モウセンゴケ科モウセンゴケ属モウセンゴケ Drosera rotundifolia

「なめくぢ」軟体動物門腹足綱ナメクジ科ナメクジ Meghimatium bilineatum

「へび」脊索動物門脊椎動物亜門爬虫綱有鱗目ヘビ亜目ナミヘビ上科 Xenophidia

「かへる」脊椎動物亜門両生綱無尾目 Anura

「とかげ」脊椎動物亜門爬虫綱有鱗目トカゲ亜目 Sauria

「幽邃」「いうすい(ゆうすい)」は景色が奥深く静かなこと。

「前栽」元高校国語教師としては「せんざい」の読みを示す義務がある。

 なお、筑摩版「萩原朔太郞全集」第一巻の『草稿詩篇「靑猫」』には、本篇の草稿として『夢にみる空家の庭の銘密(本篇原稿一種二枚)』として以下が載る。表記は総てママである。

 

 

  空家の庭を夢にみる

  夢にみる空家の庭の祕密

 

ここにさむしい空地がある

その空地の中に

ここにながれる小川がある

その庭の 小川に→附近→空地家の庭に生えこむものは松の木のるい、

ひわの木、桃の木、まきの木、山茶木、櫻のるい、

さかんな樹木、さかんなあたりにひろがる樹木の枝、

その葉のかさなる下には ながるゝ 小川がながれ

またそのむらがる葉かげには小川がながれ岸には いちめんぞくぞくと繁茂するところの植物、およそシダ、ワラビ、ゼンマイ、コケ、モソウ、モウセンゴケのるい、

およそ地べたいちめんに

空はそれらのもの靑く重なつて重なりあつて這ひまわる、[やぶちゃん注:編者は「空」を「地」の誤字とする。]

それらの靑いものの生命、

それらのもののさかんな生活

その庭は植物空家の庭はこの植物におほはれていつも日かげでうすぐらい、

ただかすかにきこゑながれるものは一筋の小川の水

夜も晝もそうそうとさよさよとかなしくひくくながれる水の音

そうしてまた荒れはてたる家のかげにかくれてじめじめした築山の垣根のかげには

なめくじ、蛇、蛙、とかげるいのぬたぬたとした生活→不思議な生活 もある無氣味な生活をみる

そうしてこのせまい幽すゐな世界のうへに

よるは靑白い月の光がてらしてゐる、

月の光は靑葉がくれよりして前裁の植ごみから築山かけてのぞいてゐる、しつとりとながれこむ、

いろいろなもののかくされた 世界

このしづかなめやかな、しめつぽい深夜のふけてゆく美しさよこころもちで

なつかしい笛のひひき

なにものかがいのりもとめる世界

月は前裁の植こみに

わたしの心は庭の□にたたづみ垣根にもたれて美しい橫笛をふいてたのしむ、吹きすさぶ、

わたしの夢のなかの私の心は

ああ、かうして 私はかうした

ああ、このいろいろのもののかくされた祕密な世界生活

かぎりなく深い美しい影と不思議な姿の重なつてゐるりあふところの夢の生活世界

月光の中に浮びいづるシダ、ワラビ、松の木の枝、なめくじ、蛇、とかげの生活無氣味な生活

ああ私のかなしい夢にみるこのよくみるこの人すまぬ空家の庭の祕密と

いつもその奇妙なその謎のとけやらぬおもむき深き幽すゐのなつかしさよ。

 

   *

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