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2019/01/04

和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 孔雀(くじやく) (インドジャク・マクジャク)

 

Kujyaku

 

くじやく  越鳥 南客

      摩由邏【梵書】

孔雀

     【和名宮尺】

 

本綱交趾廣州南方諸山多生高山喬木之上大如鷹高

三四尺不減於鶴細頸隆背頭載三毛長寸許數十羣飛

棲遊岡陵晨則鳴聲相和其聲曰都雌者尾短無金翠

雄者三年尾尚小五年乃長二三尺夏則毛至春復生

自背至尾有圓文五色金翠相繞如錢自愛其尾山棲必

先擇置尾之地雨則尾重不能高飛人因徃捕之或暗伺

其過生斷其尾以爲方物若回顧則金翠頓減矣山人養

其雛爲媒或探其卵雞伏出之飼以猪腸生菜之屬聞人

拍手歌舞則舞其性妬見采服者必啄之孔雀不匹以音

影相接而孕或雌鳴下風雄鳴上風亦孕又云孔雀雖有

雌雄將乳時登木哀鳴蛇至卽交故其血膽猶傷人禽經

所謂孔雀見蛇則宛而躍者是矣尾有毒入目令人昏翳

肉【鹹凉】夷人多食或以爲脯腊能解百毒

△按日本紀推古帝六年自新羅國貢孔雀一候近世自

 外國來畜之樊中雖孕子難育

 

 

くじやく  越鳥 南客

      摩由邏〔(まゆら)〕【梵書。】

孔雀

     【和名「宮尺」。】

 

「本綱」、交趾(カウチ)・廣州の南方の諸山に多く、高山〔の〕喬木の上に生ず。大いさ、鷹のごとく、高さ、三、四尺。鶴に減(おと)らず、細き頸、隆〔(たか)〕き背〔たり〕。頭に三毛を載き、長さ寸許り。數十、羣(むらが)り飛びて岡陵〔(こうりやう)〕に棲遊〔(せいいう)〕し、晨〔(あした)〕には、則ち、鳴く。聲、相ひ和す。其の聲、「都護〔(とご)〕」と曰ふ〔がごとし〕。雌は、尾、短くして、金翠、無く、雄は、三年にして、尾、尚を[やぶちゃん注:ママ。]、小なり。五年にして、乃〔(すなは)〕ち、長ずること、二、三尺。夏は、則ち、毛をす。春に至りて復た生ず。背より尾に至るまで、圓文有り。五色の金翠、相ひ繞〔(めぐ)り〕て錢〔(ぜに)〕のごとし。自〔(みづか)〕ら其の尾を愛す。山〔に〕棲するに、必ず、先づ、尾を置くの地を擇ぶ。雨ふるときは、則ち、尾、重くして高く飛ぶこと能はず。人、因りて、徃〔(ゆ)〕きて之れを捕ふ。或いは暗〔(あん)〕に其の過〔(よ)〕ぐるを伺ひて、生きながら、其の尾を斷つ。以つて方物〔(はうぶつ)〕と爲〔(な)〕す。若〔(も)〕し、回顧すれば、則ち、金翠、頓〔(とみ)〕に減ず。山人、其の雛を養ふ〔も、それを〕媒(をとり)と爲す。或いは其の卵を探り、雞〔(にはとり)をして〕伏〔して〕之れを出す。飼ふに、猪〔の〕腸〔(はらわた)〕・生菜〔(にがぢしや)〕の屬を以つてす。人、手を拍(う)つて歌舞するを聞くときは、則ち、舞ふ。其の性〔(しやう)〕、妬(ねた)む。采服の者を見ては、必ず、之れを啄ばむ。孔雀、匹せず、音影を以つて相ひ接〔(まぢ)〕はりて孕む。或いは、雌は下風に鳴き、雄は上風に鳴きて、亦、孕みす。又、云く、『孔雀、雌雄有りと雖も、將に乳〔(つる)〕まんとする時〔は〕、木に登りて哀鳴す。〔そこに〕蛇、至れば、卽ち、交(つる)む。故、其の血・膽〔(きも)〕、猶ほ、人を傷(きづつく)る』〔と〕。「禽經」に、所謂〔(いはゆ)〕る、『孔雀、蛇を見るときは、則ち、宛〔(ゑん)〕として躍〔(をど)〕る』といふは、是れなり。尾に毒有り、目に入れば、人をして昏翳〔(こんえい)〕せしむ。

肉【鹹、凉。】夷人、多く、食ふ。或いは以つて脯-腊〔(ほじし)〕と爲し、能く百毒を解す。

△按ずるに、「日本紀」に、推古帝六年に新羅國より孔雀一候を貢づる[やぶちゃん注:ママ。]〔と〕。近世、外國より來りて、之れを樊〔(かご)〕の中に畜〔(か)〕ふ。孕むと雖も、子、育(そだ)ち難し。

[やぶちゃん注:キジ目キジ小目キジ上科キジ科キジ亜科クジャク属インドクジャク Pavo cristatus・マクジャク Pavo muticus(他に一種、前二種の原始的な特徴を残した遺存種と考えられているコンゴクジャク属コンゴクジャク Afropavo congensis の三種がいるのみである)。ウィキの「クジャク」によれば、『中国から東南アジア、南アジアに分布するクジャク属』二種と、『アフリカに分布するコンゴクジャク属』一『種から成る。通常』、『クジャクといえば前者を指す』。『オスは大きく鮮やかな飾り羽を持ち、それを扇状に開いてメスを誘う姿が有名である。最も有名なのは羽が青藍色のインドクジャクで、翠系の光沢を持つ美しい羽色のマクジャクは中国からベトナム、マレー半島にかけて分布する。コンゴクジャクはコンゴ盆地に分布し、長い上尾筒(じょうびとう)を持たない』。『羽は工芸品に広く分布されてきたほか、神経毒に耐性を持つため』、『サソリ等の毒虫や毒蛇類を好んで食べることから、益鳥として尊ばれる。さらにこのことから転じ、邪気を払う象徴として「孔雀明王」の名で仏教の信仰対象にも取り入れられた。クルド人の信仰するヤズィード派の主神マラク・ターウースは、クジャクの姿をした天使である。また、ギリシア神話においては女神ヘーラーの飼い鳥とされ、上尾筒の模様は百の目を持つ巨人アルゴスから取った目玉そのものであるとする説がある』(私の従姉妹は小さな頃、あの孔雀の模様を文字通り「目」と言い、非常に恐がった)。『オスの飾り羽は尾羽のように見えるが、上尾筒という尾羽の付け根の上側を覆う羽が変化したものであり、メスにアピールするための羽である。褐色をした実際の尾羽はその下にあり、繁殖期が終わって上尾筒が脱落した後やディスプレイ中などに観察できる』。『オスの羽は異性間淘汰によって発達した例として知られるが、その発達の理由もいくつか提唱されている』。『整った羽を持つ個体は、寄生虫などに冒されていない健全な個体であると同時に生存に有利な遺伝子を持つことをアピールでき、優先的に子孫を残せるという説(オネストアドバタイズメント理論)』(Honest advertisement theory)、『捕食されやすい長い上尾筒を』健全な状態で保持していることを殊更に見せる『ことで、健全な個体であると同時に生存に有利な遺伝子を持つことをアピールでき、優先的に子孫を残せるという説(ハンディキャップ理論)』(Handicap theory)、『長い尾羽を持つオスの遺伝子と長い尾羽のオスを好むメスの遺伝子が互いを選択した結果、オスの尾羽が長くなったとする説(ランナウェイ説)』(runaway selection or Fisherian runaway)などがある。『鮮やかな羽の色は色素によるものではなく、構造色』(structural color:光の波長或いはそれ以下の微細構造による発色現象を指す。コンパクト・ディスクの記録部分の表面のそれやシャボン玉の色彩などがそれで、当該対象物自身には実は色が附いていないが、その微細構造によって光が干渉するため、色附いて見えることを言う。構造色の特徴は見る角度によって様々な色彩が見られることである)『によるものである』。『インドクジャクはインドの国鳥となっている』とある。

 

「摩由邏〔(まゆら)〕【梵書。】」中文繁体字経典サイトCBETA 漢文大藏經網」の隋北印度三藏闍那崛多(ジュニャーナグプタ/漢音写:じゃなくった:五二三年~六〇〇年?:北インド・ガンダーラ出身の訳経僧。北周から隋の時代に来朝し、仏典を漢訳した)漢訳になる「大威德陀羅尼經卷第七」の「0785c21」パートの鳥名を並べた部分に確認した。以下(下線太字は私)。

   *

叔迦(鸚鵡鳥)奢梨迦(鸜鵒鳥)拘翅羅(鵶鷗鳥)時婆時婆迦(命命鳥)恒娑(鵝)拘嚧安遮(穀祿鳥)摩由邏(孔雀鳥)求求娑妬迦(鷄鳩鳥)迦茶迦 迦賓闍邏野多奴磨 迦迦(鳥)迦茶 恒娑(鷹)謨邏(山鷄)斫迦囉婆迦(鴛鴦)婆嗜邏婆邏 迦茶恒婆迦(鴻)提都囉瑟吒羅 拘拘婆(白鴿)陀那婆利夜捨磨 尸揵雉都大 迦逋大(班鳩)迦迦婆迦頻闍邏(雉)奚陀那磨揵遮 鳩鳩吒(鷄)地那馱馱那磨迦伽迦迦 鳩邏邏揭利闍(鵰鷲)槃多捨迦柘邏 奚摩蘇多阿梨耶(鴻)嘶那夜(鷹)鞞提那 嘔盧伽(鵂猴鳥)至至夜婆致夜(鶉)末蹉利也 迦嚧磨伽 迦婆優婆伽

   *

「宮尺」「宮」には呉音に「ク」があるので(「宮内省」等)、「クジヤク」(くじゃく)と読める。

「交趾(カウチ)」既出既注であるが、再掲する。現在のベトナム社会主義共和国の北部のホンハ(紅河・旧名/ソンコイ川)流域地方を指す広域地名。前漢の武帝が南越を滅ぼして設置した九郡の一つに「交趾」の名が初見され(紀元前二世紀)、その名称は初唐(七世紀)まで続いた。初唐に「交趾郡」が「交州」と改められたが、「交趾」の名は、なお、県名として存続し、唐末にまで及んだ。 十世紀に現在のベトナムが「安南国」として独立した後も、中国ではこの国を呼ぶのに「交趾国」の称を用いることが、ままあった(この名称の起源については諸説あるが、確実なものはない。以上は「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。本邦でも嘗ては「コーチシナ」などと呼んだ。

「廣州」狭義には広東省広州市であるが、現在でも同市は広東省のみならず、華南地域全体の中心都市であり(ここ(グーグル・マップ・データ))、地理的に見ても「交趾」と並列させる以上は、現行の広州から西の華南地方の広域を指すと考えるべきであろう。

「減(おと)らず」劣らず。

「其の聲、「都護〔(とご)〕」と曰ふ〔がごとし〕」孔雀の鳴き声は大きく、遠くまで響き渡り、「クエー」「エーホー」など、バリエーションが多い。特に繁殖期に多く鳴く。You Tube mokijp氏の「クジャクの鳴き声」をリンクさせておく。

「暗〔(あん)〕に」密かに。

「方物」その地方の産物。土産。

「若〔(も)〕し、回顧すれば、則ち、金翠、頓〔(とみ)〕に減ず」非常に変わったことことを言っている。雄の孔雀の尾(実際は冒頭注にある通り、尾羽の根元の上の羽である上尾筒)を採取する場合は、孔雀を殺さずに、その尾だけを雄孔雀に気取られぬように瞬時に截たねばならない。何故なら、手間取ると、雄孔雀は(優美な羽根を持っていた輝かしい〈ここは私の想像。殺す描写はないのだから、そう読み取るべきであろう〉)過去を思い出してしまい、その回顧の悲しい意識によって、尾の金と青緑の美しい輝きは急激に減衰してしまう、というのである。意識の強靭さと羽毛の美しさの類感呪術的関係を語っているのである。

「媒(をとり)」孔雀を獲るための「囮」(おとり)。雄孔雀の尾を採取するためと(しかし、その場合は雌でないと習性上は囮にならないだろう。孔雀の雄はまず相互に近寄らないからである)、後に出る通り、食うための両用と考えられる。

「雞〔をして〕伏〔して〕之れを出す」鶏の巣に入れて抱かせて孵化させる。

「生菜〔(にがぢしや)〕」現代中国語で「shēngcài」(シァンツァィ)、「苣」「苦苣」等とも書き、現在の所謂、レタス(キク目キク科アキノノゲシ属チシャ Lactuca sativa)のこと。地中海沿岸・西アジア原産であるが、非結球型の、所謂、現在の「サニーレタス」「リーフ(葉)レタス」「カッティングレタス」等と呼ばれる品種チリメンチシャ Lactuca sativa var. crispa)と考えてよいのではないと思われる。ウィキの「レタス」によれば(そこでは「カキジシャ」とする)、中国には七世紀頃に『導入され、日本にも同じ頃から奈良時代にかけて導入された。日本では導入がもっとも古いレタス(チシャ)である。生長するに従い、下葉をかき』(「穫(か)く」か。しかし、後で「掻き」と言っている)『(収穫)ながら食用とし、このためにカキヂシャ(掻き萵苣)と呼ばれる。日本でも食用としてきたが』、『多くの場合は生食せず、茹でておひたし、味噌和えなどにして消費してきた』。『戦後は消費量が大幅に減ったが』、『日本でも韓国のように焼肉をサンチュ』『に包んで食べる方法が普及したために、再び流通が増えてきている』とある、それである。但しウィキの「サニーレタス」とは歴史的記載が異なっており(こちらは栽培は戦後の一九六五年以降とする)、不審ではある。ただ、ここは「本草綱目」の記載であるから、前者を信ずれば、問題はないとも言える。

「人、手を拍(う)つて歌舞するを聞くときは、則ち、舞ふ」私は幼少の頃、確かに何処かの動物園でスピーカーから流れる音楽に合わせるように、クジャクが美しい羽を全開して悠然と歩むのを見た記憶がある。しかし、そんな無駄な習性(或いは調教)はあり得ない気がする。もしかすると、クジャクが羽を広げたのを入場している客にアピールするために、後から音楽を流していたのかも知れない。調教可能となれば、お知らせ戴きたい。

「其の性〔(しやう)〕、妬(ねた)む」華麗なそれからの擬人的な類感呪術的解釈である。

「采服」東洋文庫版はこれに『いろどりのふく』と当て訓している。

「必ず、之れを啄ばむ」これはテリトリー侵害ではなく(人を別な♂と見做しているのではなく)、防衛のための普通の防御反応であろう。

「匹せず」番(つがい)になろうとせず。無論、誤り。

「音影を以つて相ひ接〔(まぢ)〕はりて孕む」クジャクも凄いね! 鳴き声と雄の姿を見るだけで子が出来る!

「雌は下風に鳴き、雄は上風に鳴きて、亦、孕みす」通常、本草書で謂う「下風」は地面或いはそこにごく近い空間(ここは低木や高木の下方位置とするべきか)に吹く風を指し、「上風」は高木の上方を渡る風を指す。

「將に乳〔(つる)〕まんとする時〔は〕」今にも交尾(実際にはしないと言っている訳だが、これは前とは別説なので問題はない)しようとする(したいと雌の孔雀が思う)時は。「乳〔(つる)〕まん」は東洋文庫訳を参考に振った。

「其の血・膽〔(きも)〕、猶ほ、人を傷(きづつく)る」冒頭注のクジャクが『神経毒に耐性を持つため』、『サソリ等の毒虫や毒蛇類を好んで食べる』という部分から、腑に落ちる想像的な謂いではある。実際に有毒かどうかは不明。

「禽經」既出既注。春秋時代の師曠(しこ)の撰になるとされる鳥獣事典であるが、偽書と推定されている。全七巻。

「宛〔(ゑん)〕として」体をなよなよとくねらせて。

「尾に毒有り」恐らくは誤り。

「昏翳〔(こんえい)〕せしむ」。東洋文庫訳は『昏翳(くらくら)とする』(「させる」とすべき)とする。

「夷人」漢人でない異民族の謂い。野蛮人・未開人という蔑称。

「脯-腊〔(ほじし)〕」干し肉。

『「日本紀」に、推古帝六年に新羅國より孔雀一候を貢づる』「日本書紀」推古天皇六(五九八)年に、

   *

秋八月己亥朔。新羅貢孔雀一隻。

   *

とあり、また、大化三(六四七)年の条の一節にも、

   *

来、獻孔雀一隻。鸚鵡一隻。

   *

とある。]

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