萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 笛の音のする里へ行かうよ
笛の音のする里へ行かうよ
俥に乘つてはしつて行くとき
野も 山も ばうばうとして霞んでみえる
柳は風にふきながされ
燕も 歌も ひよ鳥も かすみの中に消えさる
ああ 俥のはしる轍(わだち)を透して
ふしぎな ばうばくたる景色を行手にみる
その風光は遠くひらいて
さびしく憂鬱な笛の音を吹き鳴らす
ひとのしのびて耐へがたい情緖である。
このへんてこなる方角をさして行け
春の朧げなる柳のかげで 歌も燕もふきながされ
わたしの俥やさんはいつしんですよ。
[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年五月号『日本詩人』初出。やはり表現主義のスピード・運動を主題としたものに、視聴覚をアレンジしたものと読む。初出及び「定本靑猫」は有意な異同を認めない。本篇を以ってパート「閑雅な食慾」は終わっている。]
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