蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) 海蛆
海 蛆
ひき潮(じほ)ゆるやかに、
見(み)よ、ひきゆくけはひ、
堀江(ほりえ)に船(ふね)もなし、
船人(ふなびと)、船歌(ふなうた)も。
濁(にご)れる鈍(にび)の水脈(みを)
くろずむひき潮(じほ)に、
堀江(ほりえ)のわびしらや、
そこれる水脈(みを)のかげ。
さびしき河岸(かし)の上(うへ)
うごめく海蛆(ふなむし)の
あな、身(み)もはかなげに
怖(お)ぢつつ夢(ゆめ)みぬる。
慕(した)はし、海(うみ)の香(か)の、――
風(かぜ)こそ通(かよ)へ、今(いま)、
曇(くも)りてなよらかに
こもりぬ、海(うみ)の香(か)は。
濁(にご)れる堀江川(ほりえがは)
くろずむ水脈(みを)のはて、
入海(いりうみ)たひらかに
かがやく遠渚(とほなぎさ)。
かなたよ、海(うみ)の姫(ひめ)、
鷗(かもめ)か舞(ま)ひもせむ、
身(み)はただ海蛆(ふなむし)の
怖(お)ぢつつ醉(ゑ)ひしれぬ。
ひき潮(じほ)いやそこり
黑泥(くろひぢ)の水脈(みを)の底(そこ)、
堀江(ほりえ)に船(ふね)も來(こ)ず、
ましてや水手(かこ)の歌(うた)。
[やぶちゃん注:第六連三行目「身(み)はただ」は底本では「身(み)はだ」。底本の「名著復刻 詩歌文学館 紫陽花セット」の解説書の野田宇太郎氏の解説にある、有明から渡された正誤表に従い、特異的に呈した。
「海蛆」このルビなしの標題から、これを即座に「ふなむし」(甲殻綱等脚(ワラジムシ)目ワラジムシ亜目フナムシ科フナムシ属フナムシ Ligia exotica)と読める人は、私のような海岸生物フリークでもない限り、実はだんだん減っているのではあるまいか? 例えば、私が大学時代から用いている昭和五一(一九七六)年第二版改訂版「広辞苑」や、平凡社「世界大百科事典」には「船虫」と併置して載せるけれども、驚いたことに、小学館「日本国語大辞典」にも「海蛆」の表記は載らぬし、ネット版の通常の国語辞典類では殆んど全滅だ。まあ、見た目、如何にも不快な印象を及ぼすこと請け合いだから、消えていい漢字熟語なのかも知れぬが(但し、現代中国語では「海蛆」は、沙蚕(ゴカイ)の仲間である、環形動物門多毛綱遊在亜綱サシバゴカイ目ゴカイ亜目ゴカイ科属ネレイス属アシナガゴカイ Alitta succinea(アリッタ・スクシネア)の標準漢名でもある(Nereis
succinea ネレイス・スクシネアは同種のシノニムで、本邦にも棲息する。こちらに画像と詳細データ有り))。さすれば、何時の日か、有明のこの詩も、得体の知れぬ気持の悪い生き物の詩として、葬り去られる運命なのかも知れぬ。
「堀江(ほりえ)」「堀江川(ほりえがは)」有明にして、珍しく固有名詞地名が詠み込まれている。ただ、私はこれがどこであるのかを同定比定する確かな資料を所持しない。古来、知られた大坂の堀江と堀江川が有名ではあるが、有明は東京人で大阪に居住したことはないはずである。たまさかの旅の偶感だとしてすると、それは如何にも軽薄だし、そもそも近代の大阪の堀江は、想像するに、この詩篇のようなフナムシがちろちろ上ってくるような、入海の遠い渚を遠望し得るロケーションでは、ない、ように思われる(仮想されたサンボリスムの時代詠とするなら別ではあるが)。私はこれは実景として、一つの候補地としては浦安の堀江川を挙げておこうと思う。ここである(グーグル・マップ・データ)。旧江戸川河口で、直南西直近で東京湾湾奥(現在のディズニーランドが左岸に当たる)で海も近い。もし、別にロケ地があるとせば、お教え願いたい。]
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