蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) この時
こ の 時
紺瑠璃(こんるり)の
潮滿(しほみち)ちに、渚(なぎさ)の
緣(ふち)さへも
ひびわれむばかりや。
風(かぜ)は和(な)ぎ、
浪(なみ)は伏(ふ)す深海(ふかうみ)、
天津日(あまつひ)は
輝(かがや)きぬ、まどかに。
いづこをか
もとめゆく、この時(とき)、
船(ふね)の帆(ほ)よ、
徐(おもむろ)に、彼方(かなた)へ。
幸(さち)か、船(ふね)、
帆章(ほじるし)は判(わか)たね、――
生(せい)もはた
死(し)の如(ごと)し、この時(とき)。
あまりにも
足(た)らひたり、海原(うなばら)、
靜(しづ)けさは
嵐(あらし)にも似(に)たりや。
天津日(あまつひ)は
うるほひて、日(ひ)の暈(かさ)、
暈の環(わ)を
虹(にじ)もこそ彩(あや)なせ。
紺瑠璃(こんるり)の
潮(しほ)熟(う)みて浸(ひた)しぬ、
素胎(すばら)には
あらぬ海(うみ)、なじかは……
素胎(すばら)には
あらぬ海(うみ)、不祥(ふじやう)の
兒(こ)や生(あ)るる、――
虹(にじ)の色(いろ)かつ滅(き)ゆ。
幸(さち)か船(ふね)、
帆(ほ)じるしは判(わか)たね、
いづこをか
もとめゆく、この時(とき)。
[やぶちゃん注:「素胎(すばら)」子を孕まないこと。また、「妊娠しない女・石女(うまずめ)」の意ともなった古語。]
« 和漢三才圖會卷第三十七 畜類 牛黃(ごわう・うしのたま) (ウシの結石など) | トップページ | 蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) 音もなし »

