蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) 晝のおもひ
晝のおもひ
晝(ひる)の思(おもひ)の織(お)り出(い)でし紋(あや)のひときれ、
歡樂(くわんらく)の緯(ぬき)に、苦悶(くもん)の經(たて)の絲(いと)、
縒(よ)れて亂(みだ)るる條(すじ)の色(いろ)、あるは叫(さけ)びぬ、
あるはまた醉(ゑ)ひ痴(し)れてこそ眩(めくる)めけ。
今(いま)、夜(よる)の膝(ひざ)、やすらひの燈(ともし)の下(もと)に、
卷(ま)き返(かへ)し、その織(お)りざまをつくづくと
見(み)れば朧(おぼろ)に危(あやふ)げに、眠(ねぶ)れる獸(けもの)、
倦(う)める鳥(とり)――物(もの)の象(かたち)の異(こと)やうに。
裁(た)ちて縫(ぬ)はさむかこの巾(きれ)を、宴(うたげ)のをりの
身(み)の飾(かざり)、ふさはじそれも、終(つひ)の日(ひ)の
棺衣(かけぎぬ)の料(れう)、それもはた物狂(ものぐる)ほしや。
生(せい)にはあはれ死(し)の衣(ころも)、死(し)にはよ生(せい)の
空炷(そらだき)の匂(にほ)ひをとめて、現(うつつ)なく、
夢(ゆめ)はゆらぎぬ、柔(やはら)かき火影(ほかげ)の波(なみ)に。
[やぶちゃん注:「目次」で判る通り、ここまでが、本詩集では「豹の血(小曲八篇)」とパート題された詩篇群である。八篇総てが四連構成の、七五七・五七五調交互調のソネット(Sonnet:十四行詩)であり、ここまでは、標題を含めて見開きで各一篇が読み終える、非常に読み易く心地よい版組となっている。
「空炷(そらだき)」「空薰き」とも書く。「炷(た)く」は別表記でも判る通り、「香をたく」の意に用いる。前もってたくか、別室でたくかなどして、人に知られぬよう、どこからともなく薫ってくるように香をたきくゆらすこと。或いは、どこからともなく匂ってくる良い香りを指す、平安以来の古語である。]
« 蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) 寂靜 | トップページ | 和漢三才圖會卷第三十七 畜類 羊(ひつじ) (ヒツジ) »