蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) 穎割葉
穎 割 葉
日(ひ)は嘆(なげ)きわぶ、人知(ひとし)れず、
日(ひ)は荒(あ)れはてし花園(はなぞの)に、――
花(はな)の幻(まぼろし)、陽炎(かぎろひ)や、
あをじろみたる昨(きそ)のかげ。
日(ひ)は直泣(ひたな)きぬ、花園(はなぞの)に、――
種子(たね)のみだれの穎割葉(かひわれば)、
またいとほしむ、何草(なにぐさ)の
かたみともなき穎割葉(かひわれば)。
廢(すた)れ荒(すさ)みしただなかに
生(お)ひたつ歌(うた)のうすみどり、
ああ、穎割葉(かひわれば)、百(もも)の種子(たね)
ひとつにまじる香(か)の雫(しづく)。
斑葉(いさは)の蔓(つる)に罌粟(けし)の花(はな)、
醉(ゑひ)のしびれの盞(さかづき)を
われから賞(め)でむ忍冬(すひかづら)――
種子(たね)のみだれを、日(ひ)は嘆(なげ)く。
[やぶちゃん注:「穎割葉」「(かひわれば)」「かひわりば(かいわりば)」「貝割(り)葉」とも書く。草本類等の発芽したばかりの、二枚貝が開いたように見える双葉(ふたば)を指す一般名詞。
「昨(きそ)」「昨夜」の意。万葉以来の上代語で、上代には「きぞ」と濁った。但し、東国方言では清音。有明は東京出身。
「斑葉(いさは)」植物の葉に、遺伝的或いは葉緑素の欠乏その他が原因で、白や黄などの斑点や筋が生じた「斑(ふ)入りの葉」を指す一般名詞。ここは「斑葉(いさは)の蔓(つる)に」とあるから、それを持った何らかの蔓性植物をさりげなく点描しているのであるが、後に出る「忍冬(すひかづら)」は多年生の常緑蔓性木本であるから、先に名を隠してそれが示されてあるのかも知れない。
「罌粟(けし)」本邦で単に「ケシ」と呼んだ場合は、専ら阿片(アヘン:Opium:オピウム)を採取するソムニフェルム種はキンポウゲ目ケシ科ケシ属ケシ Papaver somniferum を指す。本種は本邦では「あへん法」によって栽培が原則禁止されている種であるが、そこはそれ、有明の〈幻想の花園〉には、あるのである。
「忍冬(すひかづら)」標準和名種ならば、マツムシソウ目スイカズラ科スイカズラ属スイカズラ Lonicera japonica。ウィキの「スイカズラ」によれば、漢名は『冬場を耐え忍ぶ』様子、則ち、『常緑性で冬を通して葉を落とさない』こに由来し、和名は『「吸い葛」の意で、古くは』、『花を口にくわえて甘い蜜を吸うことが行なわれたことにちなむ』。『砂糖の無い頃の日本では、砂糖の代わりとして用いられていた。スイカズラ類の英名(honeysuckle)もそれにちなむ名称で、洋の東西を問わず』、『スイカズラやその近縁の植物の花を口にくわえて蜜を吸うことが行われていたようである』とある。モデルは実景なのかも知れぬが(但し、私は「罌粟(けし)」で注した通り、完全な有明の〈幻影の苑〉と見る)、有明は確信犯でこの和名をフェテイシュに選んで使っているものと思う。]
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