蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) 坂路
坂 路
喘(あへ)ぎて上(のぼ)るなだら坂(ざか)――わが世(よ)の坂(さか)の中路(なかみち)や、
並樹(なみき)の落葉(おちば)熱(あつ)き日(ひ)に燒(や)けて乾(かは)きて、時(とき)ならで
痛(いた)み衰(おとろ)へ、たゆらかに梢(こずゑ)離(はな)れて散(ち)り敷(し)きぬ。
落葉(おちば)を見(み)れば、片焦(かたこ)げて鏽(さ)び赤(あか)らめるその面(おもて)、
端(はし)に殘(のこ)れる綠(みどり)にも蟲(むし)づき病(や)める瘡(きず)の痕(あと)、
黑斑(くろふ)歪(ひず)みて慘(いた)ましく鮮明(あざやか)にこそ捺(お)されたれ。
また折々(をりをり)は風(かぜ)の呼息(いき)、吹くとしもなく辻卷(つぢま)きて、
燒(や)け爛(たゞ)れたる路(みち)の砂(すな)、惱(なやみ)の骸(から)の葉(は)とともに、
燃(も)ゆる死滅(しめつ)の灰(はい)を揚(あ)ぐ、噫(あゝ)、わりなげの悲苦(ひく)の遊戲(ゆげ)。
一群每(ひとむらごと)に埃(ほこり)がち憩(いこ)ふに堪(た)へぬ惡草(あくさう)は
渴(かはき)をとめぬ鹽海(しほうみ)の水(みづ)にも似(に)たり。ひとむきに
心(こゝろ)焦(い)られて上(のぼ)りゆく路(みち)はなだらに盡(つ)きもせず。
夢(ゆめ)の萎(しな)への逸樂(いつらく)は、今(いま)、貴人(あてびと)の車(くるま)にぞ
搖(ゆ)られながらに眠(ねぶ)りゆく、その車(くるま)なる紋章(もんしやう)は
倦(うん)じ眩(くる)めくわが眼(め)にも由緖(よし)ありげなる謎(なぞ)の花(はな)。
身(み)も魂(たましひ)も頽(くづ)をれぬ、いでこのままに常闇(とこやみ)の
餌食(ゑじき)とならばなかなかに心安(こゝろやす)かるこの日(ひ)かな、
惱(なやみ)盡(つ)きせぬなだら坂(ざか)、路(みち)こそあらめ涯(はて)もなし。
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