和漢三才圖會卷第三十七 畜類 阿膠(あきやう・にかは) (製品としての膠(にかわ))
[やぶちゃん注:図の阿膠(あきょう)の表書きは(これは思うに固めた膠に模様(本文にある「雲龍」の紋である)を泊で型押ししたものの上に紙で良安も述べている製造元・製作者及び作製年月日のデータを書いて張ったものかとも見える。但し、製品名が凹押印される意匠印型を用いたものが現在の中国製の販売用の固形膠では一般的のようだし、薬に使うには紙は却って邪魔で不純物にもなるから、これもそうなっているのを、良安は読み易く白地にしただけなのかも知れない)、一部に判読が出来ない部分があるが(■で示した)、
東平刕東阿知縣呉波宗督造
張秋鎭工■兪洪泰煎煉
崇禎拾五年仲冬月壹
か(「呉」「壹」は別字かも知れない)「呉波」(或いは「宗」まで)「兪洪」(或いは「泰」まで。「兪」(音「ユ」)は中国では普通に見られる姓である)は製造管理監督者と製造実務責任者の姓名と推定される。「東平刕東阿知縣」(「刕」は「州」の異体字)は現在の山東省東阿県の旧名かと思われる。ここは古くから膠の名産として知られ、特に地名をとって「阿膠」と呼ばれる。「崇禎拾五年」は明代最後の皇帝第十七代毅宗(きそう)の治世中で使用された元号で、崇禎(すうてい)十五年は一六四二年。因みに、この二年後の三月に李自成により明は滅亡した。「仲冬」は旧暦十一月の異名。「月壹」は判らぬが、月の朔日で、その十一月の一日の製造年月日であることを指すものか? 判読不能字を含め、何かお判りになる方はお教え願いたい。]
あきやう 傳致膠
にかわ
阿膠
【和名尒加波】
アキヤ◦ウ
本綱東阿縣【今山東兗州府陽穀縣也】有井有官舎以其井水常煑膠
以貢之故名阿膠造法自十月至二三月閒用沙牛水牛
驢皮者爲上豬馬騾駝皮者次之其舊皮鞋履等物爲下
俱取生皮水浸四五日洗刮極淨熬煑時時攪之恒添水
至爛濾汁再熬成膠傾盆内待凝近盆底者名坌膠煎膠
水以鹹苦者爲妙大抵是牛皮後世乃貴驢皮若僞者皆
襍以馬皮舊革鞍靴之類其氣濁臭不堪入藥當以黃透
如琥珀色或光黒如瑿漆者爲眞眞者不作皮臭夏月亦
不濕軟
味【甘微溫】肺大膓之要藥入手足少陰足厥隂經【畏大黃】治吐
衂下血血淋止痢療崩漏胎前產後諸疾
△按眞阿膠色光黑形如硯大抵長六寸二分橫二寸八
分有雲龍文書年號月日及作者名謂之硯手今多作
此形僞賣不論牛馬鹿煑一切敗故皮作之
*
あきやう 傳致膠〔(でんちこう)〕
にかわ
阿膠
【和名、「尒加波」。】
アキヤ◦ウ
[やぶちゃん注:「あきやう」の読みは最後の中国音(但し、現代中国音では「阿膠」は「ā jiāo」(アー・ヂィアォ)である)を転写したもの。「にかわ」はママ。]
「本綱」、東阿縣【今の山東兗〔(えん)〕州府陽穀縣なり。】に、井、有り、官舎、有り、其の井の水を以つて、常に膠〔(にかは)〕を煑〔(に)〕、以つて之れを貢ず。故に「阿膠」と名づく。造る法〔は〕、十月より二、三月の閒に至り、沙-牛〔(うし)〕・水牛・驢(うさぎむま)の皮の者を用〔ふを〕上と爲し、豬(ぶた)・馬・騾〔(らば)〕・駝〔(らくだ)〕の皮は之れに次ぐ。其の舊(ふる)皮、鞋〔(けい)〕・履〔(り)〕[やぶちゃん注:この場合は孰れも皮革製の靴。]等の物、下と爲す。俱に生皮を取り、水に浸すこと、四、五日、洗ひ刮(こそ)げ、極めて淨〔(じやう)〕にして[やぶちゃん注:綺麗にして。]、熬〔(い)〕り煑〔(に)〕、時時、之れを攪〔(かきま)ぜ〕、恒に水を添へ、爛〔(ただ)〕るに至らば[やぶちゃん注:すっかり柔らかくなったら。]、汁を濾(こ)し、再たび、熬り〔て〕膠と成し、盆の内に傾け[やぶちゃん注:流し込み。]、凝〔(かたま)〕るを待つ。盆の底に近き者を「坌膠〔(ふんこう)〕」と名づく。膠を煎る水〔は〕鹹〔(しほから)く〕苦〔(にが)き〕者を以つて妙と爲す。〔用ふ皮は、〕大抵、是れ、牛皮なり。後世、乃〔(すなは)ち〕、驢〔の〕皮を貴ぶ。僞はる者のごときは、皆、襍〔(まづ)〕るに馬の皮・舊き革・鞍・靴の類ひを以つてす。其の氣〔(かざ)〕、濁-臭(わるくさ)く[やぶちゃん注:「惡る臭く」で、ひどい臭いがし、の意。]、藥に入るるに堪へず。當に黃〔に〕透〔く〕こと、琥珀の色のごとく、或いは光り、黒く瑿漆〔(くろうるし)〕のごとき者を以つて眞と爲すべし。眞なる者は、皮の臭ひを作〔(な)〕さず、夏月も亦、濕(しめ)り〔て〕軟(やわら[やぶちゃん注:ママ。])か〔には〕ならず。
味【甘、微溫。】 肺・大膓の要藥にして、手足の少隂〔(しやういん)〕・足の厥隂經〔(けついんけい)〕に入る【大黃を畏る[やぶちゃん注:甚だ合わない。]。】吐-衂〔(はなぢ)〕・下血・血淋〔血尿を伴う淋病。〕を治し、痢を止め、崩漏〔(ぼうろう)〕[やぶちゃん注:子宮の内部が激しい炎症で糜爛し、出血すること。]・胎前產後の諸疾を療す。
△按ずるに、眞の阿膠は、色、光〔り〕、黑〔く〕、形、硯のごとし。大抵、長さ六寸二分[やぶちゃん注:約十八センチ九ミリメートル。]、橫二寸八分[やぶちゃん注:約八センチ四ミリメートル。]雲龍の文〔(もん)〕有り、年號月日及び作れる者の名を書く。之れを「硯手〔(すずりで)〕」と謂ふ。今、多く、此の形に作りて、僞〔れるものを〕賣る。〔それ、〕牛・馬・鹿を論ぜず、一切の敗〔(くさ)れる〕故皮〔(ふるがは)〕を煑て、之れを作る。
[やぶちゃん注:各種の動物の骨・皮・腱などから抽出したゼラチン(gelatin:動物の前記組織の結合組織の主成分であるコラーゲンに熱を加えて抽出したもの)を主成分とする物質。木竹工芸の接着剤或いは東洋画の顔料の溶剤など用途が広い。通常は板状か棒状に乾燥させて保存し、湯煎によって適当な濃度に溶かして用いる。ウィキの「ゼラチン」の「膠(ニカワ)」の項によれば、『日本では、主に食品や医薬品などに使われる純度の高いものをゼラチン、日本画の画材』及び『工芸品などの接着剤として利用する精製度の低いものを膠(ニカワ)』、『蹄を原料とするものは hoof glue』(フーヴ・グルー:「蹄」の「膠・接着剤」の意)『と称している』。『膠には和膠と洋膠(ゼラチン)があり、和膠のほうが純度が低い分』、『吸湿性や保水性に富み、舌先で筆を湿らすだけで』、『微妙な濃度の調整ができることから、手仕事に携わる職人や美術家など、和膠を支持する層も根強くあり、保湿性をあえて加えた洋膠も出回っている』。『和膠では鹿膠が最高級品とされる』とあり、現在は『主にウシやブタの皮や骨などを利用して生産されているが、宗教上の理由などからタブーの対象となる動物を避けて素材を選定し、作られる場合もある。魚の鱗や皮の他、中国ではロバの皮から作る阿膠がある』とする。接着剤として膠は、実に五千年以上も『前の古代から利用されていたと考えられている。シュメール時代にも使用されていたとも言われており、古代エジプトの壁画には膠の製造過程が描かれ、ツタンカーメンの墓からは膠を使った家具や宝石箱も出土している。中国では、西暦』三〇〇『年頃の魏の時代にススと膠液を練った「膠墨」が作られたとされ、また』、六『世紀頃には現代とほとんど変わらない膠製造の記録も見られる。紀元前』二『世紀に書かれたとされる中国の古書『周禮・考工記』には、のちの和膠とほぼ同じ作り方』さえ『掲載されている』。『中国から日本に膠が伝わったのは『日本書紀』などの記述から推古天皇の時代、「膠墨」としてもたらされたものと考えられている。奈良時代以降、製墨原料、建築・指物用接着剤、織布の仕上げ剤、医薬品(造血剤)などの材料として普及した』。『世界的に膠の原料は畜獣が多く用いられるが、獣肉の食習慣が薄かったため』、『原料が乏しく、遊牧民などからの輸入ルートもなかった日本では魚も膠の原料とされた。「にべもない」のニベとはかつて浮き袋が膠原料として重視された魚のことである』(条鰭綱スズキ目スズキ亜目ニベ科ニベ属ニベ Nibea mitsukurii)。『世紀に入り、フィルムや印画紙に吸湿性の低い高純度のゼラチンが必要になったことから、洋膠の技術導入が始まった』。『食材としての伝来は遅く、明治時代以降、欧米の食文化の到来とともにゼラチンとして知られることになったが、食用のゲル化剤としては和菓子などに用いる寒天や葛粉など多糖類系統のものが既に広く用いられていたこともあり』、昭和一〇(一九三五)年『頃、国内で』、『食品にできるだけの純度に精製する技術が確立して後、ようやく食品用ゼラチンが普及することとなった』。『現代の日本では兵庫県姫路市に製造企業が集中している』。『ただし、ゼラチンは食物アレルギーを引き起こすことがあるので、市販されているゼラチンを含む食品は、原則としてゼラチンを含む旨を表示することになっている』とある。さて、実はウィキには、ズバリ、「阿膠」があるので、ここで引いておく。読みは何故か、今も生薬名は「アキョウ」で、ラテン名「Asini Corii Collas」を学名のように持つ(邦文ウィキでは『学名』と冠し、英文ウィキではなんとまあ斜体になっている。英名は「Donkey-hide gelatin」(hide は「獣皮」の意)。『ロバの皮を水で加熱抽出して作られるにかわ(ゼラチン)のこと』。『血液機能を高める効果があり、主に貧血や婦人病への処方や、美容のために用いられている』。『中国で古くから使われている生薬の一種で、約』二千五百『年前に書かれた中国最古の医学書『五十二病方』に記載がある』。『阿膠は、作った地域によって名称が変わり、中国山東省東阿県産のものが「阿膠」と呼ばれ、中国湖南省産のものは「驢皮膠」と呼ばれる。他にも、その作り方から傅致膠、盆覆膠などと呼ばれる場合もある』。『ロバの皮膚に含まれるコラーゲンが加水分解されたタンパク質や各種アミノ酸の混合物である。他にもカルシウム、マグネシウム、鉄など』二十七『種類のミネラルやコンドロイチンを含んでいる。 豚皮ゼラチンと比べると、リジンに富み、シスチンを含むがトリプトファンを欠く点で異なる』。『阿膠の生産にはロバの皮を使用するが、古来から非常に高価であったため、一般の女性が手にすることは不可能に近かった。現在も高価な代物であり、阿膠の産地である中国では原料であるロバが年々減少していることも関係して、阿膠の市場価格が日々上昇している。しかし価格が上がる一方で、廃棄原材料を使用した安物製品も出回っている。原材料にロバの皮を使用したものに比べ、安価ではあるが』、『皮製品の切れ端や牛の皮などを使用した製品もあり、消費者を悩ませている』。『中国山東省東阿県が主な産地で名前の由来にもなっている』。『中国では、東阿阿膠社の阿膠が有名で、東阿阿膠社の製造技術は中国の無形文化財として登録されている』。『古くは『五十二病方』に記載がある他、中国最古の薬物学書である『神農本草経』には、「上品」(養命薬(生命を養う目的の薬)で、無毒で長期服用可能なもののこと』『)として記載されている。『全唐詩』には、楊貴妃が美容のために隠れて服用していたという記述もあり、身分の高い女性の間で人気があったものといえる(当時、阿膠は非常に高価であったため、一般の女性が手にすることは不可能に近い)。清代では、習慣性流産に悩んでいた西太后が阿膠を飲んで不妊治療に成功し、同治帝を産んだことでも知られる』。『また、江戸時代に書かれた『薬徴続編』(著者:村井琴山)の中で阿膠の記載があることから、日本でも使われていた可能性がある』。『効能』は『補血・滋陰・潤燥・止血・安胎』で、良安の記載と変わらない。『中医学の考えでは、血は様々な症状と密接に関わりを持っているため、効能は幅広い。具体的には、生理痛の緩和、月経不順、子宮の不正大量出血や、出産後の滋養や抜け毛の改善、便通の改善、骨粗しょう症予防などの治療効果の他、肌荒れ・乾燥の防止、新陳代謝の促進などの美容効果がある』。『また』、十六『世紀に書かれた薬学書『本草綱目』において阿膠は「聖薬」(非常に優れていて、効能のある薬)として称賛されている』。『阿膠は様々な研究がされているが、近年では美白作用についての研究もあ』り、『また、美肌の効果解明のための共同研究も始められている』。『中国では、阿膠を主原料にクルミやゴマ、干し竜眼、糖類を用いたゼリーの一種「阿膠糕」も作られており、こちらは純粋な菓子や土産物、一種の健康食品として市販されている』とある。上記出た「東阿阿膠」公式サイトでは、生薬としての歴史がこちらにあり、「アキョウと有名人」のページがこちらにあって、そこでは先の引用に出た楊貴妃・西太后以外に、朱熹・曹植(詩篇に阿膠を仙薬とオードしている。彼は実はまさにこの地で東阿王であったことがあり、彼の墓も彼が好んだこの東阿県近くに残されているそうである)が載る。因みに、この現在の山東省東阿県は正確には、山東省聊城(りょうじょう)市東阿県で、無論、本文の「東阿縣」「今の山東兗〔(えん)〕州府陽穀縣なり」と同一で、ここ(グーグル・マップ・データ)である。
「官舎、有り」と言っているから、少なくとも明代には官営或いは国が保護・管理を行っていたことが判る。
「其の井の水を以つて」後に出るように「膠を煎る水」が「鹹〔(しほから)く〕苦〔(にが)き〕者を以つて」最上とするので、この井戸水(飲用は不可)が選ばれているのである。完全な内陸なので、地下水が岩塩層等を通底して湧いているのであろう。
「驢(うさぎむま)」「兎馬」で、お判りと思うが、「驢馬」、奇蹄目ウマ科ウマ属ロバ亜属ロバ Equus asinusのことである。後で独立項「驢(うさぎむま)」(「馬」の後)が出る。
「騾〔(らば)〕」騾馬で、奇蹄目ウマ科ウマ属ラバ Equus asinus × Equus ferus caballus である。英語は「Mule」(ミュール。但し、私にはネイティヴのそれは寧ろ「ミューロ」と聴こえる)、ラテン語では「Mulus」(ムールス)と呼ぶ(斜体にしたのは種として正式に認められず、不憫に私が思うからである)。♂のロバ(学名は前者)と♀のウマの交雑種の家畜で不妊である。ウィキの「ラバ」によれば、逆の組み合わせ(♂のウマと♀のロバの交配)で生まれた家畜種を「ケッテイ」(駃騠/英語:Hinny)と呼ぶが、「ケッテイ」と比べると、「ラバ」は『育てるのが容易であり、体格も大きいため、より広く飼育されてきた』。『家畜として両親のどちらよりも優れた特徴があり、雑種強勢の代表例である』。後に独立項で「騾(ら)」として出るので、ここまでとしておく。
「駝〔(らくだ)〕」「駱駝」。ウシ目ラクダ科ラクダ属で、現生は西アジア原産のヒトコブラクダ Camelus dromedarius と、中央アジア原産のフタコブラクダ Camelus ferus の二種のみ。この畜類のしんがりに「駱駝(らくだのむま)」で独立項として出る。
「盆」型であるが(東洋文庫はわざわざ「盆」に『はち』とルビを振っているが意味が判らない)私はある程度の大きさお深さを持った方形の型容器を想起する。
『盆の底に近き者を「坌膠〔(ふんこう)〕」と名づく』「坌」は「集まる」の意があり、想像しても、容器の底の方がより濃厚な膠が出来ると思うから、それを格別品としてかく呼ぶのは腑に落ちる。
「襍〔(まづ)〕る」この漢字は「交える」「混じる」の意である。
「瑿漆〔(くろうるし)〕」「瑿」は音「イ」で、「黒い美しい石」の意。読みは東洋文庫訳のそれを採用した。
「手足の少隂〔(しやういん)〕・足の厥隂經〔(けついんけい)〕」手足の少陰心経と、足の少陰腎経の経絡。
「大黃」タデ目タデ科ダイオウ属 Rheum に属する一部の種(或いは雑種)群からの根茎から作られた生薬「大黄(だいおう)」。ウィキの「ダイオウ」によれば、『消炎・止血・緩下作用があり、瀉下剤として便秘薬に配合されるほか、漢方医学ではそれを利用した大黄甘草湯に配合されるだけでなく、活血化瘀』(かっけつかお)『作用(停滞した血液の流れを改善する作用と解釈される)を期待して桃核承気湯などに配合される』。『日本薬局方では、基原植物を』ショウヨウダイオウ Rheum palmatum・Rheum tanguticum・Rheum
officanale・Rheum
coreanum『又はそれらの種間雑種としている』とある。
「吐-衂〔(はなぢ)〕」「衂」の単漢字で「鼻血」を意味する。
・下血・血淋〔血尿を伴う淋病。〕を治し、痢を止め、崩漏〔(ぼうろう)〕[やぶちゃん注:子宮の内部が激しい炎症で糜爛し、出血すること。]