和漢三才圖會卷第三十七 畜類 酪(にうのかゆ)・酥(そ)・醍醐(だいご)・乳腐 (ヨーグルト/バター・精乳・乳清(私の独断)・チーズ)
[やぶちゃん注:以下は、「黃明膠」の後にすぐ罫線を以って続いている。しかし、これは要は「牛」の項の附録に相当するもので、図はない。各冒頭の標題項目部分は実は四つ総てが罫線の直後に縦に一列に記されているが、ここでは今までのように、それぞれを解説部の前に分けて示した。最後の「乳腐」には和訓も中国音も附されていない。]
酪【音洛】
ロツ
酪【和名迩宇能可遊】本綱水牛𤚩牛犛牛羊馬駝之乳皆可酪作之
入藥以牛酪爲勝造之法用乳半杓鍋内炒過入餘乳
熬數十沸常以杓縱橫攪之乃傾出鑵盛待冷掠取浮
皮以爲酥入舊酪少許紙封收之卽成矣
乾酪法以酪晒結掠去浮皮再晒至皮盡却入釜中妙
少時器盛曝令可作塊收用
*
にうのかゆ
酪【音、「洛」。】
ロツ
酪【和名、「迩宇能可遊」。】「本綱」、水牛・𤚩牛〔(しんぎう)〕[やぶちゃん注:「康熙字典」は北方の小型の水牛とする。]・犛牛〔(りぎう/からうし)〕[やぶちゃん注:ヤク。]・羊・馬・駝〔らくだ)〕の乳、皆、之れを酪に作〔(な)〕すべし。藥に入〔るるは〕、牛〔の〕酪を以って勝〔(すぐ)〕れりと爲す。之れを造る法、乳、半杓〔(しやく)〕を用ひて、鍋の内に炒り過ぐし[やぶちゃん注:十二分に炒り。]、餘乳を入れ、熬〔(がう)〕する[やぶちゃん注:「炒る・煮る」に同じ。]こと、數十沸〔(すじゆうふつ)〕[やぶちゃん注:数十回、焦げぬように沸騰を繰りかえさせることであろう。]、常に杓を以つて縱橫に之れを攪(かきまは)し、乃〔(すなは)ち〕、傾け出だし、鑵〔(かん)〕に盛り、冷ゆるを待ちて、浮きたる皮を掠〔(かす)め〕取り、以つて酥〔(そ)〕[やぶちゃん注:乳を煮詰めて濃くしたものを指す語。]と爲す。舊〔(ふる)き〕酪を少し許り入れ、紙にて封し、之れを收めて[やぶちゃん注:暫く寝かせれば。]、卽ち、成る。
乾酪法〔は〕、酪を以つて晒〔(さら)〕し、〔凝〕結させ、浮きたる皮を掠〔め〕去〔り〕、再たび、晒し、〔表の〕皮、盡くるに至り、却〔(かへ)〕りて釜〔の〕中に入れ、妙る。少時〔(しばらく)して〕器に盛り、曝〔(さら)し〕、令可塊〔(かたまり)〕と作〔(な)〕して收〔め〕用〔ふ〕べからしむ。
[やぶちゃん注:「酪」は和訓「ちちしる」(乳汁)で、本標題の「にうのかゆ」(乳(にゅう)の粥)の読みからも判る通り、牛・水牛・ヤク・羊・馬・駱駝などの乳から作った、広義の飲料や食品である、ミルク・ヨーグルト・バター・チーズなどを広汎に指す語である。前段がヨーグルト様の飲料、後段がバターやチーズ様の固形物であるが、後に出る「醍醐」が叙述からは、私には液体の乳清(乳から乳脂肪分やカゼイン(casein:乳含まれる燐蛋白の一種。牛乳の乳蛋白質では約八十%を占める)などを除いた黄緑色をした水溶液)を、「乳腐」がチーズを想起させるので、後者はバターと採るのがよいかと私は考える。]
そ
酥【音蘇】
ソウ
酥乃酪之浮靣所成令人多以白羊脂雜之不可不辨之
造法以乳入鍋煎二三沸頒入盆内冷定待靣結皮取
皮再煎油出去渣入在鍋内卽成酥油一法以桶盛乳
以木安板搗半日焦沫出撤取煎去焦皮卽成也凡入
藥以微火溶化濾浮用之
*
そ
酥【音、「蘇」。】
ソウ
酥、乃ち、酪の浮〔きたる〕靣〔(おもて)〕に成る所〔のものなり〕。人、多く、白羊脂を以つて之れに雜〔(まぢ)〕へ〔たれば〕、辨んぜざるべからず[やぶちゃん注:白羊脂を混入させたものかそうでないかを見分けことが非常に大切である。]。之の造法〔は〕、乳を以つて鍋に入れ、煎りして、二、三沸、盆〔の〕内に頒け入れ、冷〔し〕定〔め〕、靣(おもて)に皮を結ぶを待ちて、皮を取り、再たび、煎り、油出〔(あぶらだし)〕し、渣〔(かす)〕を去り、鍋内に入れ在〔(お)かば〕、卽ち、酥油〔(そゆ)〕と成る。一法〔に〕、桶を以つて乳を盛り、木を以つて板に安〔(やすん)〕じて[やぶちゃん注:平たい板に円柱状の木を取り付けた簡易の杵状のものであろう。]、半日、搗く。焦〔(こげ)れる〕沫〔(あは)の如きもの〕、出づ。〔之れを〕撤〔(のぞ)き〕[やぶちゃん注:除き。]取〔(と)り〕、煎りして、焦〔れる〕皮を去り、卽ち、成るなり。凡そ、藥に入〔るるには〕、微〔かなる〕火を以つて溶-化(わか)し[やぶちゃん注:湧かし。]、濾(こ)し、浮きて〔きたるもの〕、之れに用ふ。[やぶちゃん注:原本は一部の返り点に不審があり、従っていない箇所がある。]
[やぶちゃん注:「酥」は牛や羊の乳を精錬(一般には煮詰める)し、濃くした飲料、通常のミルクの類を指す。また、「蘇(そ)」と書いて同じものだと多くの辞書類はするが、ウィキの「蘇」によれば、こちらは『古代の日本で作られていた乳製品の一種で』、『文献には見えるが』、『製法の失われた食品となっている』。『平安貴族階級の間で乳製品が広まったが、武士が台頭して来るにしたがって廃れ、江戸時代中期まで日本の酪農は廃れる』。『文武天皇が(』七〇〇『年)に蘇を税として全国で作るように使いが派遣された』。『典薬寮の乳牛院という機関が生産を担っており、薬や神饌としても使われていた。仏教祭事には蜜と混ぜられて原料として使用された様子である』。『現代では、文献を元に様々な人が蘇を復元しようとしている』『が、原料乳の生産牛種も不明でそれが本当に当時の蘇と同じものか現存しないので確認は困難である』。『このように不明な部分の多い食品ではあるが、諸説に共通しているのは「蘇は乳を煮詰めた乳製品で美味しいもの」である』とし、相当に乾燥し長期保管に耐える加熱濃縮系列の乳加工食品』『と考えられている』。『現在に残る当時の文献が少ないが、製造方法は』「延喜式」や『「政治要略」に記され、「蘇を作る方法は、乳を一斗煎じて、一升の蘇が得られる」程度の記載であり、このまま濃縮牛乳を作っただけでは、日本の気候風土から腐敗してしまうので、なんらかの処理がなされていたとも言われている』。『また、生乳の固形分は』十二%『であるため』、『厳密に原料乳比』十%『に濃縮することは不可能である』。一方、『蘇が乳を煮詰めただけの物だと腐敗してしまうので、なんらかの処理がなされたと考えるのが妥当である』からそれはチーズだとする説があり、また、「大般涅槃経」の中に『五味として順に』乳→酪→生酥→熟酥→醍醐『へとある』(次項「醍醐」を参照のこと)。『酥は醍醐の原料という説があるのはここからであるが、蘇と酥は別のものとする説がある』。『主な生産地として、摂津国・味原(あじふ)の乳牛牧(ちちうしまき、ちちゅうしまき。現在の大阪市東淀川区の一部にあたる)などが知られている。古代には東国においても多くの牛が飼育されており、『延喜式』によれば東国すべての国で蘇を貢納している』。以下、「蘇と酥が別のものとする説」の条。『蘇は牛乳を煮詰めたものであり、酥は牛乳を煮詰めるときに出る被膜(乳皮)を集めたものであるから、蘇と酥は明確に違うものを指す。蘇と酥が混同されるのは、発音が同じであり、更に乳製品が「涅槃経」の中で書かれており、後世になってから文献を本に復元された為、という説もある』(この製法部は良安の叙述(実際には前の「酪」からの続きなので、「本草綱目」の叙述である)と一致する)。以下、「その他」の条。『蘇酥同一と解釈して、様々な研究が行われて』おり、『蘇酥同一説の醍醐』として、『蘇をさらに熟成・加工して醍醐(チーズ様の乳製品)も作られたという説もあ』り、『蘇酥同一説の製法方』として、『ラムスデン現象』(Ramsden phenomenon:牛乳を電子レンジや鍋で温めたりする事により、表面に膜が張る現象を指す。これは成分中のタンパク質(β-ラクトグロブリン)と脂肪が、表面近くの水分の蒸発により熱変性することによって生ずるもので、牛乳ではなく豆乳でできる膜は「湯葉」と呼ぶ。 なお、β-ラクトグロブリンはホエータンパク質(乳清タンパク質)の一種であり、カゼインとは異なる)『によって牛乳に形成される膜を、箸や竹串などを使ってすくい取り、集めた物が蘇である(なお、同じ工程を豆乳で行った場合にできるのは湯葉[ゆば]である)。加熱するだけで、熟成を行わないため、フレッシュチーズに分類される』とあるのであるが、このウィキは冒頭で、「蘇」はこの「酥」とは同一の物ではないとガツンと一発、断言してしまっている(注記によれば、斎藤瑠美子・勝田啓子共著論文『「延喜式」に基づく古代乳製品蘇の再現実験とその保存性』(『日本家政学会誌』Vol.40
(1989) No.3 P.201-))に拠るとする)とある。但し、それは日本の食品としての「酥」と「蘇」が別物なのであって、漢語の「蘇」には、調べた限りでは、「酥」と同じ「かき集める」の意がある以外に、特殊な乳製品を指す意味は見当たらないことは言い添えておく。
「白羊脂」当初、「白羊〔(しろひつじ)の〕脂〔(あぶら)〕」と訓じたが、その正体も判らぬし、白羊である必然性もピンとこないのでやめた(東洋文庫は『白羊脂』そのままで割注も何もない。東洋文庫の訳者は「白羊脂」をよくご存じのようだ。是非とも教えて戴きたいものだ)。ネットで検索しても牛乳の偽物として飲用出来る「白羊脂」は見出せなかった(白い石なら見出せる)。識者の御教授を乞う。
「焦〔(こげ)れる〕沫〔(あは)の如きもの〕」東洋文庫はやはり『焦沫』のままで読みも振らない。私は六十二年の人生の中で「焦沫」という熟語は見たことがないから、そんな訳文は訳だとは思わない。敢えて迂遠にかく語を添えて訓読しておいた。大方の御叱正を待つ。]
だいご
醍醐【體乎】
テイ フウ
醍醐是出於酥中乃酥之精液也好酥一石有醍醐三四
升熱枰煉貯器中待凝穿中至底便津出取之極甘美
[やぶちゃん注:「枰」(棋等の遊戯盤)では意味が通らない。「本草綱目」を見ると「拌」で腑に落ちた。訓読ではこれに変えた。]
盛冬不凝盛夏不融此物性滑物盛皆透惟雞子殼及
壺蘆盛之乃不出
右三物大抵性皆潤滑宜於血熱枯燥人【其功亦不甚相遠也】
*
だいご
醍醐【〔音、〕「體乎〔(タイコ)〕」。】
テイ フウ
醍醐は、是れ、酥の中〔(うち)〕より出づ。乃ち、酥の精〔なる〕液なり。好き酥、一石〔に〕醍醐〔は〕三、四升有り。熱し、拌〔(かきま)ぜ〕煉〔(ね)〕り、器の中に貯へ、凝れるを待ち、中を穿ち、底に至〔れば〕、便〔(すなは)〕ち、〔液、〕津〔(し)み〕出〔づ〕。之れを取る。極めて甘美〔なり〕。盛冬〔にも〕凝らず、盛夏に〔も〕融(とろ)けず。此の物の性〔(しやう)〕、滑かにして、物に盛るに、皆、透(す)く。惟だ、雞子(たまご)の殼(から)及び壺蘆(ひやうたん)に之れを盛れば、乃ち、出でず。
右、三〔つの〕物[やぶちゃん注:酪・酥・醍醐。]、大抵、性、皆、潤滑〔たり〕。宜し血熱・枯燥の人に宜〔(よろ)〕し【其の功も亦、甚だ相ひ遠からざるなり。[やぶちゃん注:その効果もまた、それほど遅行性ではなく、まずまずというところである。]】。
[やぶちゃん注:まず、ウィキの「醍醐」を引く。『醍醐(だいご)とは、五味の一つ。牛乳を加工した、濃厚な味わいとほのかな甘味を持った液汁とされ』。『最も美味しい味の代名詞として使われた。すでに製法は失われており、後述のような諸説(バターのようなもの』、『又は現代で言うカルピスや飲むヨーグルトのようなもの、または蘇(レアチーズ)を熟成させたものなど』『)入り乱れ』、『実態は不明である』。一部の研究者が行った『再現実験』で『は、バターオイルのような物質であるとしている』。先にも示した通り、大乗経典「大般涅槃経」の中では五味として、順に、『乳→酪→生酥→熟酥→醍醐と精製され』、『一番美味しいものとして』、「涅槃経」も『同じく最後で』、『最上の教えであること』の譬えとして『書かれている。これを』「五味相生の譬(ごみそうしょうのたとえ)」という。「大般涅槃経」のそれは以下(リンク先の原文に一部手を加えた)。
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譬如從牛出乳 從乳出酪 從酪出生蘇 從生蘇出熟蘇 從熟蘇出醍醐 醍醐最上 若有服者 衆病皆除 所有諸藥 悉入其中 善男子 佛亦如是 從佛出生十二部經 從十二部經出修多羅 從修多羅出方等經 從方等經出般若波羅蜜 從般若波羅蜜出大涅槃 猶如醍醐 言醍醐者 喩于佛性
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以下の訓読は私が勝手に改変(リンク先の訓読は甚だ杜撰で読むに堪えない)したもの。
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牛より乳を出だし、乳より酪(らく)を出だし、酪より生酥(せいそ)を出だし、生酥より熟酥(じゆくそ)を出だし、熟酥より醍醐を出だす。醍醐は最上たり。若(も)服する者有れば 衆(しゆ)の病い、皆、除く。諸藥の有する所、悉く其の中(うち)に入れり。善男子(ぜんなんし)[やぶちゃん注:あまり理解されているとは思われないので言っておくと、仏教では変生男子(へんじょうなんし)で、男でないと成仏は出来ず、女は男に生まれ変わらないと、通常は極楽往生は出来ないのが、原始仏教以来の決まりである。]、佛も亦、是(か)くのごとし。佛より「十二部經」を出だし、「十二部經」より「修多羅(しゆたら)」を出だし、「修多羅」より「方等經」を出だし、「方等經より「般若波羅蜜」を出だし、「般若波羅蜜」より「大涅槃經」を出だす。猶ほ、醍醐のごとし。醍醐と言ふは、佛性の喩へなり。
*
『とある。これが醍醐味の語源として仏教以外でも広く一般に知られるようになった』。『延喜式では、納税に用いる蘇の製造が規定されている。蘇は醍醐を製造する前段階の乳製品であることから、蘇の製造方法を参考にしてさまざまな手法で濃縮、熟成させ、醍醐を作り出す試みが食品研究家らの手でなされている』。『ラクトー株式会社(現:カルピス株式会社)は』大正八(一九一九)年七月七日に『誕生した「カルピス」を命名する際に、カルシウムの「カル」と醍醐(サルピルマンダ)』(「醍醐味」の原語であるサンスクリット語のカタカナ音写)『の「ピル」を合わせた「カルピル」が考えられたが語感がよくないとされた。そのため五味の次位である熟酥(サルピス)の「ピス」と合わせ』「熟酥味(じゅくそみ)のサンスクリット語カタカナ音写)、『「カルピス」と命名した』ともある。因みに、「めいらくグループ」の販売している、コーヒー・フレッシュ・ミルクの「スジャータ」は釈迦が悟りを開く少し前、断食に力尽きて倒れた折り、乳粥(ちちがゆ)を差し上げて命を救ったという少女スジャーター(この出来事は釈迦が苦行放棄を旨とする契機となった)の名に基づき、ブッダガヤには「スジャータ村」が今も残ることも言い添えておこう。しかし、私は既に述べたように、以上の製法や叙述様態から見て、ここで時珍の言っている「醍醐」は乳清ではないかと考えている。ウィキの「乳清」を引いておく。「乳漿(にゅうしょう)」とも呼び、『乳(牛乳)から乳脂肪分やカゼインなどを除いた水溶液である。日本では英語風にホエイまたはホエー(英: whey』【hweɪ】『)とも呼ばれるが、英語圏では一般的に H は発音されないので』、『ウェイまたはウエイ』が正しい。『乳清は、チーズを作る際に固形物と分離された副産物として大量に作られる。また、ヨーグルトを静かに放置しておくと上部に液体が溜まることがあるが、これも乳清である。なお、固形物成分はカード(curd)と呼ばれる』。『なお、大豆由来のものは「大豆ホエイ」と呼称され、水溶性のタンパク質に富む』。『チーズ生産過程で作られた乳清の大半は廃棄されているが、高蛋白・低脂肪で乳成分由来カルシウムなどの無機栄養分やビタミンB群をはじめ各ビタミン類など栄養価が高い点、消化が速くタンパク質合成・インスリン分泌を促進する点などから、優れた食品であるとの認識が高まってきている。従来』、『大量に廃棄されていたものであり、流通さえ整えば』、『安価に提供できる点も注目されている』。『独特の甘酸っぱい味があり、乳清を加工した飲料も多く発売されている』。『粉状(ホエイパウダー)に加工しプロテインサプリメント等の原材料として用いられるほか、生クリームなどの代替として料理に用い、カロリーを大幅に抑えるなどの用途がある』。『イタリアなどでは乳清からさらにチーズを作る事もある。乳清から作られたチーズはホエーチーズと呼ばれ、リコッタ』(イタリア語(以下同じ):Ricotta)『などがその種類に属する』。『パルミジャーノ・レッジャーノ』(parmigiano reggiano:イタリア・チーズの王様と呼ばれる))『の産地であるイタリアのパルマ』(Parma)『県では同じく名産品のクラテッロ・ディ・ジベッロ』(culatello di Zibello:パルマ県特産の豚肉を用いた塩蔵食品で、私が最も愛する肉食品の一つである。ウィキの「クラテッロ・ディ・ジベッロ」を引く。特に厳しく認定された『豚の』、『尻の部分のみを使用し、ポー』(Po)『川西岸の』ジベッロ(Zibello)周辺の八『村のみで作られ』、本邦では一部のレストランのみが提供し、なかなか容易には食することが出来ない)『を生産するにあたり、原材料の豚の飼料の一つとして乳清を与えることが義務付けられている。 同様に、北海道の十勝地方などでは、食用の豚に乳清を与えて飼育することが行われている。このように飼育された豚は地域ブランドとして』「ホエー豚」『と呼ばれる。豚が健康になり、肉の旨味も増すと宣伝されており、北海道根室振興局管内に属する中標津町では「ミルキーポーク」という名前でブランド化されている』。『なお、ラットを使った実験では、大豆ホエイたん白質に血圧降下作用が認められた』『が、高齢女性に対する乳清タンパク質を長期』二『年間』に亙って『摂取させた試験では、血圧に影響は認められなかったという報告がある』。「醍醐」を「乳清」としたことについては、大方の御叱正を待つものではある。]
乳腐〔(にゆうふ)〕【一名乳餅】
乳腐【俗云乳脯】造法以牛乳一斗網濾入釜煎五沸水解之用
醋㸃入如豆腐法漸漸結成漉出以帛裹之用石壓成
入鹽甕底收之【甘微寒】潤五臟利大小便益十二經脉微
動氣治赤白痢小兒服之彌良
*
乳腐【俗に云ふ、「乳脯(にゆうほ)」。】造る法〔は〕、牛乳(バウトル)一斗を以つて網〔にて〕濾〔(こ)〕して釜に入れ、煎〔ること〕五沸、水にて之れを解き、醋〔(す)〕を用ひ、㸃〔じ〕入る。豆腐〔を製する〕の法のごとし。漸漸(ぜんぜん)に、結〔び〕成〔し〕[やぶちゃん注:凝固し。]、漉〔(こ)し〕出〔(い)づるを〕[やぶちゃん注:浸潤液が十分に出たら。]、帛(きぬ)を以つて之れを裹(つゝ)み、石を用ひ、壓〔(あつ)を〕成し、鹽を入れ、甕の底に之れを收む【甘、微寒。】。五臟を潤ほし、大小便を利し、十二經脉[やぶちゃん注:「脉」は「脈」に同じ。]〔の〕微動氣に益し、赤〔(せき)〕・白痢〔(びやくり)〕を治す。小兒、之れを服せば、彌〔(いよいよ)〕良し。
[やぶちゃん注:まず、時珍の言っている「乳腐」は、現行の漢字をひっくり返した「腐乳(ふにゅう/中国語拼音:fǔ rǔ(フウー・ルウー)」とは違うので、要注意である。ウィキの「腐乳」によれば、「腐乳」は豆腐に麹を附けて塩水中で発酵させた食品であって乳製品ではない(但し、「腐乳」は『千年以上の歴史を持つ食べ物であり、中国全土で広く食べられ』、「豆腐乳」「乳腐」「南乳」『とも呼ばれる』。『醗酵臭と塩味があ』り、『炒め物、煮込み料理などに調味料として用いられる以外に、粥に入れて食べる食卓調味料として用いる。紅麹を用いた腐乳は塩辛くなく甘みがあり、そのまま爪楊枝で削って食べる方法も台湾では一般的である。一般的に腐乳は瓶詰めで流通しており、保存と調味を目的とした漬け汁に浸かっている』。『少なくとも、豆腐の発明より後の時代に生まれて』おり、『魏の時代に生まれたとする説もあるが、定かではない』。『宋の時代の文献』「清異録」には、『既に普通の食品として記載されている』とある)。しかして、謂わずもがなであるが、この「乳腐」は無論、チーズ(cheese)である。現代中国語では「奶酪(nǎi lào:ナァィ・ラァォ)」「乳酪(rǔ lào:ルゥー・ラァォ)」「干酪(gàn lào:ガァン・ラァォ)」等と表記する(「奶」(音「ノ・ナイ/ダイ」は「乳」の意)。ウィキの「チーズ」の冒頭概略のみを引く。『牛・水牛・羊・山羊・ヤクなど鯨偶蹄目の反芻をする家畜から得られる乳を原料とし、乳酸発酵や柑橘果汁の添加で酸乳化した後に加熱や酵素(レンネット)添加によりカゼインを主成分とする固形成分(カード)と液体成分(ホエー)に分離して脱水した食品(乳製品)の一種。伝統的に乳脂肪を分離したバターと並んで家畜の乳の保存食として牧畜文化圏で重要な位置を占めてきた。日本語や中国語での漢語表記は、北魏時代に編纂された斉民要術に記されているモンゴル高原型の乳製品加工の記述を出典とする乾酪(かんらく)である』。以下、非常に詳細な記載があるので参照されたい。ウィキには他に独立した「チーズの歴史」のページもあり、こちらも読み応えがある。
「乳脯(にゆうほ)」「脯」は「ほじし」等と訓じ、通常は干した鳥獣などの肉を指すが、腑には落ちる。
「牛乳(バウトル)」「バ」はママ。既に「牛」の項に出た「ボウトル」と同じである。英語の「butter」のカタカナ音写に酷似することがお判り戴けよう。実際、後のことであるが、開国後の横浜では、「バター」は「ボウトル」と呼ばれた。「牛乳」にそれを振るのは誤りではあるが、まあ、許せる錯誤の範囲とは言えよう。「第三十七 畜類 総論部・目録」でも述べたが、「チーズ」(cheese)は、ポルトガル語では「ケイジョ」(Queijo)と呼んだ。良安はその「目録」で「羊乳」に「ケイジ」というルビを振っている(この振り仮名は本文には出ない)。半可通な部分はあるが、良安は「羊の乳で作ったチーズ」と伝えきったその語を、「羊の乳」の意と誤認したのではあるまいか?
「一斗」明代の十七リットル。
「十二經脈〔の〕微動氣に益し」東洋文庫注に『人体内を縦横に走っている経脈。手の少陽(三焦)、手の少陰(心)、足の少陽(胆)、足の少陰(腎)、手の太陽(小腸)、手の太陰(肺)、足の太陽(膀胱)、足の太陰(脾)、手の陽明(大腸)、足の陽明(胃)、手の厥陰(心包絡)、足の厥陰(肝)、以上を十二経脈という』とあり、この部分は『十二経脈の運動をよくするということ』とする。「微動氣」とはその十二経脈の運動の中でも、非常に微妙にして繊細な気の動きにまで良い効果を齎し、という意味なのであろう。
「赤・白痢」赤痢と白痢で採った。「赤痢」(せきり)は下痢・発熱・血便・腹痛などを伴う大腸感染症である。古くは「血屎(ちくそ)」と呼んだ。なお、従来「赤痢」と呼ばれていた疾患は現代では「細菌性赤痢」と「アメーバ性赤痢」に分けられるが、一般的に「赤痢」と呼ばれているものは赤痢菌(真正細菌ドメイン(domain)プロテオバクテリア門 Proteobacteria γプロテオバクテリア綱 Gamma proteobacteria エンテロバクター目 Enterobacteriales 腸内細菌科赤痢菌属 Shigella。懐かしい響きだ! トルコに旅行して帰国後、妻がこのD亜群に属するShigella sonnei(ソンネ赤痢菌)一相(いっそう:血清型により二つに識別される)に罹患して鎌倉の清川病院に隔離されたのだった!)による細菌性赤痢のことを指す。「白痢」は「和名類聚鈔」に既に「なめ」として出、無色の粘液様の大便で、激しい下痢症状の中の一症状を指す。]
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