蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) 音もなし
音もなし
光(ひかり)のとばりぎぬ
ゆららに風(かぜ)わたる。
まひろく、はた靑(あを)き
皐月(さつき)の空(そら)のもと。
いのちの一雫(ひとしづく)
めぐみぬ、わが胸(むね)の
階(きざはし)、かぎろひを
きざめるそのほとり。
めぐみぬ、花(はな)さきぬ、
耀(かが)よふ玉(たま)の苑(その)、
かすかに花(はな)くんじ、
かすかにくづれゆく。
晷(ひかげ)はゆるやかに
うつりて、階(きざはし)を
垂(た)れ曳(ひ)く丈(たけ)の髮(かみ)、
晷(ひかげ)ぞ夢(ゆめ)みぬる。
さもあれ戀(こひ)の、嗚呼(ああ)、
みなしご――わが魂(たま)は
いのちの花(はな)かげに
痛(いた)みて聲(こゑ)もなし。
[やぶちゃん注:「晷」(音「キ」)原義は日陰で、日光によって生ずる陰であるが、転じて日の光りそのものも指す。ここはしかし、原義。]
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