蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) 若葉のかげ
若葉のかげ
薄曇(うすぐも)りたる空(そら)の日(ひ)や、日(ひ)も柔(やは)らぎぬ、
木犀(もくせい)の若葉(わかば)の蔭(かげ)のかけ椅子(いす)に
靠(もた)れてあれば物(もの)なべておぼめきわたれ、
夢のうちの歌(うた)の調(しらべ)と暢(の)びらかに。
獨(ひとり)かここに我(われ)はしも、ひとりか胸(むね)の
浪を趁(お)ふ――常世(とこよ)の島(しま)の島(しま)が根(ね)に
翅(つばさ)やすめむ海(うみ)の鳥(とり)、遠(とほ)き潮路(しほぢ)の
浪枕(なみまくら)うつらうつらの我(われ)ならむ。
半(なかば)ひらけるわが心(こゝろ)、半閉(なかばと)ぢたる
眼(め)を誘(さそ)ひ、げに初夏(はつなつ)の芍藥(しやくやく)の、
薔薇(さうび)の、罌粟(けし)の美(うま)し花(はな)舞(ま)ひてぞ過(す)ぐる、
艷(えん)だちてしなゆる色(いろ)の連彈(つれびき)に
たゆらに浮(うか)ぶ幻(まぼろし)よ――蒸(む)して匂(にほ)へる
蘂(ずゐ)の星(ほし)、こは戀(こひ)の花(はな)、吉祥(きちじやう)の君(きみ)。
[やぶちゃん注:「浪」と「夢」のルビがないのはママ。これは意図したものではなく、校正・植字工のミスと思われる。
「趁(お)ふ」「追ふ」に同じい。「趁」は音「チン」で、「㐱」は「人+彡(たくさん)」の会意文字で、「人の髪の毛がびっしりと詰っていること」を意味し、「前の人にぴったりとついて追うこと」が原義である。]
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