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2019/02/04

和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 命命鳥(めいめいちやう) (仏典に登場する双頭の幻鳥)

 

Meimeityou

 

めいめいちやう[やぶちゃん注:ママ。]

        生生鳥

        共命鳥

 

命命鳥

 

雜寶藏經云昔雪山中有共命鳥一身二頭一頭常食美

果欲使身得安穩一頭便生嫉妬之心而作是言彼常云

何食好美果我不曾得卽取毒果食之便二頭俱死蓋比

之釋迦與婆涅槃經云如命命鳥見雄者舞便得身

△按經説多譬諭而形狀未詳然命命鳥普所稱故記之

 

 

めいめいちやう 生生鳥〔(しやうしやうてう)〕

        共命鳥〔(ぐみやうてう)〕

 

命命鳥

 

「雜寶藏經」に云はく、『昔(〔むか〕し)、雪山の中に共命鳥、有り。一身・二頭にして、一頭は常に美果を食ひ、身をして安穩を得んことを欲し、一頭は、便〔(すなは)〕ち、嫉妬(しつと)の心を生じて、是れ、言〔(げん)〕を作(な)す。「彼(〔か〕れ)[やぶちゃん注:二人称代名詞。お前。]、常に云ふ、『何んか[やぶちゃん注:ママ。読み不詳。「なんか」でいいのか?]、好〔(よ)〕き美果を食〔はん』と〕。我〔(われ)〕、曾つて得ず」と。卽ち、毒果を取り、之れを食はしむ。便〔(すなは)〕ち、二頭、俱〔(とも)〕に死す』〔と〕。蓋し、之れ、釋迦と提婆〔(でいば)〕とに比〔(ひ)〕ゆ。「涅槃經」に云はく、『命命鳥、雄の者の舞ふを見て、便ち、身(はら)むを得るがごとし』と。

△按ずるに、經説、多くは譬諭〔(ひゆ)〕にして、形狀、未だ詳らかならず。然〔(しか)〕るに、命命鳥は、普〔(あまね)〕く稱する所なる故に、之〔(ここ)〕に記す。

[やぶちゃん注:まず、鳥名の読みから躓いた。辞書を引くと、「命命鳥」は「めいめいてう」もあるが、見よ見出しで、「みょうみょうちょう」(歴史的仮名遣「みやうみやうてう」)とする。「共命鳥」は振った通りで現代仮名遣では「ぐみょうちょう」だ。「大辞泉」を引くと、梵語「jīvam-jīvaka」の漢訳語で、元は「耆波耆波」と音写したとある(音なら「キハキハ」か「シハシハ」(後者か)。現代中国音では「qí bō」(チィー・ポォー))。総てが仏典由来であるから、だったら、と思って「生生鳥」には敢えて「しやうしやうてう」と振った。確かに、「命命鳥」も「みょうみょうちょう」であろうなぁ、とは思った。恐らく、真正面からこの鳥に取り組んで書いてあるのは、浄土真宗本願寺派総合研究所公式サイト例話の紹介/)共命の鳥だろう

   《引用開始》[やぶちゃん注:行空けは詰め、段落の頭は一字下げた。]

 提婆達多は釈尊から仏法を聞きながら、釈尊に対して怨みを抱いていました。このことに疑問を持った弟子達は、「素晴らしい利益を得る仏法を聞きながら、何故、提婆達多は釈尊に怨みを抱くのですか?」と釈尊に尋ねられます。この質問に対し、釈尊は「このことは今に始まった事ではない」といわれ、お話になられたのが以下の共命鳥の話です。

 昔、雪山の麓に身体は一つ、頭が二つの二頭鳥がいました。一頭の名前をカルダ、もう一頭の名前をウバカルダといい、一頭が目覚めている時、もう一頭は眠っています。ある時、カルダは眠っているウバカルダに黙って、たまたまあった摩頭迦という果樹の花を食べます。摩頭迦の花を食べることは、二頭ともに利益があると思ったからです。しかし、ウバカルダは目を覚ました後、黙って食べられた事に対し腹を立てて憎悪の思いを起すのでした。

 またある時、二頭が飛び回っていると、今度は毒花に遭遇します。憎悪の思いを抱いているウバカルダは思います。「この毒花を食べて、二頭ともに死んでしまおう」と。そしてウバカルダはカルダを眠らせ、自ら毒花を食べてしまいます。眠りから覚めたカルダは瀕死の状態のなか、ウバカルダにいいます。「昔、お互いに利益があると思って摩頭迦の花を食べたことに対し、あなたはかえって憎悪の思いを起しました。まことに瞋恚や愚癡というものに利益はありません。この様な愚かな心は、自らを傷つけ、他人をも傷つけてしまうからです」

 そして釈尊は弟子達に、続けて次の様にもいわれました。

 この摩頭迦の美花を食べたカルダが私であり、毒花を食べたウバカルダが提婆達多です。私があの時、利益をなしたのにも関らず、提婆達多はかえって憎悪の思いを起したのです。そして今もなお、提婆達多は私が仏法の利益を教えても、かえって私に怨みの心を抱いているのです。

    《引用終了》

以下、「補足」の項では、この例話が「仏本行集経」や良安が引く「雑宝蔵経」(全十巻。北魏(三八六年~五三四年)の吉迦夜(きつかや)と曇曜(どんよう)との共訳。多くの因縁物語や譬喩物語を収めた経で、釈迦に関する話の他、カニシカ王(インドのクシャーナ朝最盛期の王。その即位年代については諸説あるが、二世紀前半とする説が有力。ガンガー川中流域からデカン高原・中央アジアの東トルキスタンに及ぶ領域を支配した。仏教を保護し、第四回の仏典結集を行ったと伝える)やミリンダ王(メナンドロス(Menandros)王紀元前二世紀後半頃にアフガニスタン(カブール川流域)・インド(パンジャブ地方。ジャムナ川流域)を支配したギリシア人の王。彼の名を刻んだ貨幣はインドを支配したギリシア人諸王の中で最も多量かつ広範囲に発見されており、かなりの勢力のあったことが知られ、仏典「ミリンダ王の問い」には仏教徒となったことが記されてある)の物語もあり、「日本霊異記」「今昔物語集」などに影響を与えている)に説かれているとし、『「共命鳥」は「命命鳥」ともいい、美声を発し、人面禽形で、身に両頭をもつといわれる鳥です』(太字下線は私が附した。良安のそれとは異なる)。『インド北部の山地に住む雉子の一種ともいわれています』(幻想鳥の解説なのか、実在モデル種の指摘か不明。文脈からは前者)。また、「阿弥陀経」にあっては、『浄土で仏法を説く六鳥の一つとして、「共命鳥」の名が挙げられています』ともある。例話に出る『「摩頭迦」(Madhuka)は』、「仏本行集経」『では「美華」と訳されていますが、「美果」・「末度迦」とも訳されるアカテツ科の高木です』。「倶舍論」『には「末度迦の種より末度迦の果を生ず、其の味、極美なり」』『と説明されています』とあり、良安の出す提婆(「だいば」とも読む)、「提婆達多(でいばだった/だいばだった)」については、『釈尊の従弟で阿難の兄といわれています。提婆達多は釈尊の弟子となりましたが、後に背いて』、『五百人の弟子を率いて独立を企てました。また、阿闍世をそそのかして父王を死に至らせ、ついで釈尊をも害して教権を握ろうとしましたが』、『失敗し、生きながら地獄に堕ちたと伝えられています』とある。一方、同じ本願寺派の奈良市上三条町にある淨教寺法話「浄土の六鳥(ろくちょう)・共命鳥(ぐみょうちょう)共命ぐみょうの鳥とりのはなしでは、

   《引用開始》[やぶちゃん注:段落の頭は一字下げた。]

 また、この一つの身体に二つの頭という共命(ぐみょう)の鳥(とり)に関しては、一説によると、極楽浄土に生まれる前、すなわち前世では大変、仲が悪かったと言われています。

 片方の頭が「右へ行きたい」と言えば、もう一方の頭は、「いや私は左へいきたい」と言い、片方の頭が「もっと遊びたい」と言えば、もう一方の頭は「いや、もう遊ぶのは飽きた、休みたい」というように、事あるごとに意見が衝突していました。

 身体が別々であれば、さして問題にならないのですが、身体が一つですから、当然そこで大喧嘩が起こります。

 こうして毎日毎日、言い争いをしていたのですが、ある日、とうとうその喧嘩が高じて、片方の頭が相手の頭に毒の実を食べさせました。

 ところが身体が一つですから、両方ともに命を落としてしまう羽目になったのです。

 その命を落とす寸前に、その毒の実を食べさせた頭が、大切なことに気付き慚愧しました。

「これまで私はわがままを言いながらも、何とか元気で来られたのは、あなたがいてくれたからだった。」「この私の命はあなたの命の上に出来上がっていたのだ。」ということに気付いたのです。これを、「縁起の道理」と言います。このことによって極楽浄土に生まれたということです。

   《引用終了》

と、ハッピー・エンドとなっている。

 

「涅槃經」「大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)」のこと。原典は失われ、北涼(五胡十六国時代に三九七年から四三九年まで甘粛省に存在した国)の曇無讖(どんむせん)訳の四十巻本(北本)と、これを慧観(えかん)・慧厳が校合修正した三十六巻本(南本)とがある。釈迦の入滅前に説いた教説、「一切衆生には総て仏性が備わり、その仏性を持つものは成仏出来る」と説く。

「普〔(あまね)〕く稱する所なる故に」仏典に記され、説話にも語られて広く名前の知られている鳥であるので。]

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