すみれの花よ 國木田獨步
すみれの花よ
すみれの花よ今日までは
なれをめでにしわがこゝろ
世の常なりし淺かりし
さばかりわれは塵ふかき
浮世の巷さすらひし
夢よりさめしこゝちして
さめし夢をばかなみつ
まなざしにぶく此丘を
ゆきつもどりつせしまゝに
はからずなれを見いだしぬ
朝露かほる日影にて
天津ひかりよ白露よ
すみれの花よ今日よりは
なれが友なれ、淚こそ
あふれて落つれ、わがこゝろ
たゞひと時に靜まりぬ
友としなれをつくづくと
ながめいりにし其時は
大空たかく仰がれて
心はひくゝへりくだり
人の世ならぬあめつちの
廣きを家とおぼえたり
たゞ願くはとこしへに
なれを友としよろこばん
たゞ願くはわがこゝろ
とこしへまでも變らざれ
なれを友としよろこびて
[やぶちゃん注:「かほる」はママ。初出は『國民之友』明治三〇(一八九七)年五月。]

