雜吟『戀こそ夢なれ行末は』(――に送らんとて作り遂に送らざる歌) 國木田獨步
雜吟『戀こそ夢なれ行末は』(――に送らんとて作り遂に送らざる歌)
戀こそ夢なれ行末は
淚の川に身をうかべ
浮世の波にたゞよはん
今の別れの悲しさを
歌ひ盡さん調なし
たゞすこやかに在せ君
たゞすこやかに在せ君
はてなき海の千里の波に
谷又谷の岩淵の淵に
萬代かけて月澄みつ
千代の昔の人ゆきぬ
峰の白雪峰より峰に
底の眞珠の珠より珠に
萬代かけて月澄みつ
千代の昔の人ゆきぬ
月の光に誘はれて
奧津城訪はん林の奧の
月の光に誘はれて
賤の男訪はん深澤の岸の
我が身昔の我ならず
月し昔の色澄めり
をさなき時を思ふ哉
去年の今夜を思ふ哉
あしたの雲の花やかに
夕の時雨しめやかに
君と語りし年も暮れて
今夕ばかりとなりにけり
忘れそ君よ彼の夜をば
其夜は殊に月澄みて
君が面わは輝きて
我が血靜に脈打ちぬ
[やぶちゃん注:標題は底本編者によるもので、総標題に一行目を添えたもので、本篇は無題。初出は明治三〇(一八九七)年十二月十日発行の『國民之友』であるが、底本は全五篇連作の内、本篇のみ、獨步の死後に出された「獨步遺文」所収のものを底本としていて、添書き「――に送らんとて作り遂に送らざる歌」はそれによるものかと思われる(則い、この添書きは初出にはないものと思われ、以下の通り、「獨步遺文」所収の第一連部分のみである)。以下に、解題に示された初出形を示す。
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戀こそ夢なれ、行末は、
淚の川に身をうかべ、
浮世の波にたゞよはん
今の別れの哀しさを、
かたりつくさん言葉なし。
たゞすこやかにいませ君、
たゞすこやかにいませ君。
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なお、底本解題によると、第二連二行の「谷又谷の岩淵の淵に」は國木田獨步の詩篇を載せる流布本によっては「谷又谷の岩間の淵に」となっているともある。]