冬の山家 國木田獨步
冬 の 山 家
眞柴たく山家の民
甘薯(いも)ふかす夕(ゆふべ)のまとゐ
まつ少女(をとめ)またるゝ者は
みづ淸き村のわかもの
「君と別れて松原ゆけば
鳥も通はぬ八丈ケ島へ」
ありふれ歌のかずかず
つきぬまに夜は更(ふけ)にけり
月出ぬ東の小まど
松風を影にうつして
「歸りなん今宵は家に」
「明日(あす)の夜も來(きた)りて唄(うた)へ」
家のもの床に入りしも
少女(をとめ)のみ眠がてにす
山路ゆき月にうかれて
わかものゝ唄ふ聲さゆ
かつがつに遠ざかりゆく
彼人(かのひと)の聲たえだえに
ほゝゑみて少女(をとめ)眠りぬ
まどかなり此夜(このよ)の夢も
[やぶちゃん注:初出は明治三二(一八九九)年十一月五日『活文壇』。死後の出版の「獨步遺文」所収のそれはかなり有意に異同がある。以下に示す。
*
冬 の 山 家
眞柴焚く山家の民
芋ふかす夕の圓居
今夕また彼の唄聞かん
いかなれば彼人遲き
待つ少女待たるゝ人は
水淸き村の若者
「君と別れて松原行けば
松の露やら淚やら」
「咲いた櫻になぜ駒繫ぐ
駒が勇めば花が散る」
ありふれし歌の數々
盡きぬ間に夜は更けにけり
月出でぬ東の小窓
松風を影にうつして
「歸りなん今宵は宿に」
「明日の夜も來りて歌へ」
家の者床に入りしも
少女のみ眠りがてにす
山路ゆき月に浮かれて
若者の歌ふ聳冴ゆ
かつかつに遠ざかり行く
彼人の聲絕え絕えに
ほゝ笑みて少女眠りぬ
まどかなり今夜の夢も
*
第五連の二行目「若者の歌ふ聳冴ゆ」はママ。「聳」は「聲」の誤植であろう。]
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