蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) 碑銘
碑 銘
其一
よろこびぬ、倦(う)みぬ、
爭(あらそ)ひぬ、厭(あ)きぬ。
生命(いのち)の根(ね)白(しろ)く
死(し)の實(み)こそにほへ。
眠(ねぶり)なり、つえぬ、
墮(お)ちぬまを吸(す)ひぬ。
其二
ここよりは路(みち)もなし、
やすし、はた路(みち)の岐(わかれ)も。
蒼白(あをじろ)き啜泣(すすりな)き、
聲(こゑ)罅(ひび)くゑまひの狹霧(さぎり)。
魂(たま)と魂(たま)あひ寄(よ)るや、
寂寞(じやくまく)の、あはれ、晶玉(しやうぎよく)。
死(し)はなべて價(あたひ)のきはみ、
得難(えがた)しや、されど終(つひ)には。
其三
人々(ひとびと)よ、奧津城(おくつき)の冷(つめ)たき碣(いし)を、
われを、いざ、蹈(ふ)みて立(た)て。烏許(をこ)の輩(ともがら)、
盲(めし)ひたり、躓(つまづ)かめ、將來(ゆくすゑ)遠(とほ)く
つづきたる階(きざはし)の、われも一段(ひときだ)。
其四
肉(にく)は、靈(れい)は、
二(ふた)つのちから、
生(せい)は、死(し)はよ、
眞砥(まと)の堅石(かたいし)、
硏(みが)きいづれ、
摩尼(まに)の金剛(こんがう)。
あざれし肉(にく)
「神(かみ)」の牲(いけにへ)。
虛(むな)しき靈(れい)
「蝮(まむし)」の智(さとり)。
肉(にく)の肉(にく)を
われは今(いま)おぼゆ。
覺(さ)めよ、「人(ひと)」は
靈(れい)の靈(れい)。
[やぶちゃん注:「つえぬ」ヤ行下二段の自動詞「つゆ」(潰ゆ)であろう。所謂、今も私たちが「夢がついえた」と使う「初めに予定していた計画や楽観的希望などが上手く行かず,すっかり駄目になる」の意の「完全に永遠の眠りに堕ちることとなった、総ては終わってしまった」のそれであると私は採る。
「聲(こゑ)罅(ひび)く」声が罅割れが広がるように不吉に広く、走り、響く、の意で採る。
「ゑまひ」微笑(ほほえみ)。
「狹霧(さぎり)」霧。「さ」は単に語調を整える接頭語で「狹」は当て字。
「摩尼(まに)」既出既注。サンスクリット語「マニ」の漢音写。「球」「宝球」などと訳される。「宝石」を指し、転じて仏法の真理に譬える。]
« 蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) どくだみ | トップページ | 蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) かかる日を冬もこそゆけ »