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2019/03/18

すみれの花 國木田獨步

 

  すみれの花

 

うれしき夢を去年の春

見はてし朝のかなしみを

君が誠の淚もて

そゝぎし花を力にて

ゆふべ僅にしのびにき

 

かの花今はいかにせし

君が送りて慰めし

すみれの花はいかにせし

とてもはかなき戀ゆへに

慰めかねて枯れにしか

 

[やぶちゃん注:「ゆへに」はママ。初出は明治三一(一八九八)年二月十日発行の『國民之友』。この詩篇も没後の「獨步遺文」に「相馬良子に送りて近頃音信無きを恨む」という詩篇が載り、それは本篇の異稿と考えられる。この「相馬良子」とは相馬黒光(そうまこっこう 明治九(一八七六)年~昭和三〇(一九五五)年:國木田獨步より五歳歳下)のことで、ウィキの「相馬黒光によれば、彼女は『夫の相馬愛蔵とともに新宿中村屋を起こした実業家、社会事業家で』『旧姓は星、本名は良(りょう)』である。『明治女学校在学中』(明治三〇(一八九七)年同校卒業)『に島崎藤村の授業を受け、また従妹の佐々城信子を通じて』、『国木田独歩とも交わり、文学への視野を広げた。「黒光」の号は、恩師の明治女学校教頭から与えられたペンネームで、良の性格の激しさから「溢れる才気を少し黒で隠しなさい」という意味でつけられたものと言われている』とある。また、國木田獨步の日記「欺かざるの記」の明治二九(一八九六)年四月三十日の条に本篇の背景と思われる内容が記されてある。この情報は底本解題に拠ったが、引用は底本全集の第七巻の「欺かざるの記」の当該条を用いて(やや長い)、同日分全文を以下に引くこととする。当時の獨步(満二十四歳)の内奥の苦悩がひしひしと伝わってくるものである。区分ダッシュは底本よりも引き上げてある。下線はママで、太字は底本では傍点「ヽ」。

   *

三十日。

 吾を光と強と柔和と勇氣と忍耐と、眞理と理想との器となせと自から言ふ。

 然り。されど、吾が信子を戀ふる心いとゞ深く、彼の女なければ此の世に倦み疲るゝ心地す。

 彼の女の遂に吾を見捨てたる今日。寒風一陣、心頭に吹き入りて、めぐりじて吾をなやます。吾が心、色と光とのぞみとを見ず。

信子、信子、汝と吾とは同じ東京市中の僅に里餘の地にすみ乍ら、汝の心、いかにしてかくも我より遠ざかりつるぞ。

今更ら言ふもせんなし。せんなきが故に苦し。苦しきが故に此の世うしつらし。

鳴呼、戀てふものゝ苦しきかな。冷めし戀の夢を逐ふ苦み、何にかたとへん。

永久にわれ信子を愛す。吾が心に信子益〻戀し。

彼の女は最早、戀の墓か。然らば吾れ其の中に埋められん。

 ―――――――――――――――――――

此の世の事に思ひなやむ吾が心。

曰く、何を爲す可き。曰く、如何にして身を立てん。曰く、われは貧し。曰く、無學なり。日く、愚者にして怠慢者なり。曰く、文學者詩人たらんか。曰く、政治家たらんか。曰く、傳導者たらんか。曰く、凡て吾が長所に非ず。曰く、われは一個狂漢、望者、呪はれし者なり。

思ひなやむ心の苦しさ。

永しへに此の地上に長らふるものゝ如くにもだえ苦しむ。

少壯の時は去らん。忽ち老い、忽ち死すべし。生已にはかなく、其のはかなきつかの間の生すら此くの如くに苦し。

さりとて自殺もえせず。自殺は罪と思へば死の後のおそろしきかな。生已に苦しく、死もまた恐ろし。

生は苦惱、死は恐怖、此の身は地獄の中央に立つ。火焰なき、劒鎗なき、熱湯なき、何もなき荒野の如き地獄の苦しくもあるかな。

今の苦惱を逗子に於ける愛樂に比べ來れば、われは高山の頂より深谷窟底に投げこまれしが如し。[やぶちゃん注:底本では、ここが行末になっている。文の流れから以下改行と採った。]

されど友義!

今日に當りてせめてもの心の避難所は、友義のあたゝかき情にぞある。

吾をせむるもの左の如し。

愛の破壞、貧困、無職業、自暴自棄、天地悲觀。

右の五個、此の一つだにあらば人は苦しきものを、此の五個相結んで吾を攻む。

信子の離婚は吾が愛を破りて無窮の悲痛を與へ、老父母を憂へしむる貧困は殆んど胸塞ぐの思あらしめ、自信消え自から自己を呪ふに至りて殆んど何の希望もなく、これに加ふるに神の愛を感じ永生を感ずる能はざる無信仰は實に此の天地を暗き世界と化せしむ。

此の五個のもの、未だ十分其の力を逞ふせずと雖も、尚ほ且つ吾を苦しむるに十二分の力あり。

されど吾、此の五個を征服せずんは止まじ。

吾あに何時までか自暴自棄するものならんや。吾あに遂に神の愛を感ぜざらんや。吾あに業なくして止まんや。吾あに貧に苦むものならんや。貧しき他の人を見て憐れめ。自家の富を願ふものならんや。

たゞ愛、信子の愛、壞れしを如何せん。忍びて丈夫(ますらを)の如くに立たんのみ。

 ―――――――――――――――――――

ヨブ記を讀み了はる。

 ―――――――――――――――――――

午前早朝星良子孃を訪ふて事の永次第を語りぬ。

孃泣く。

二十九日に送りたる吾が書狀を讀みて良子孃泣きぬる由、傍に在りし友、孃を促して九段坂下の花園に到り、孃わがためにすみれを求めて歸り、これを吾におくらんと思ひ居りし由を語りぬ。餘其の好意を謝し、自ら其のすみれを携へて歸宅し、今机上在り。

   *

以下、改題に掲げられた「獨步遺文」の異稿を示す。

   *

 

 相馬良子に送りて近頃音信無きを恨む

 

菫の花は如何にせし

君が送りて慰めし

かの花今は如何にせし

 

嬉しき夢を去年の春

見果てし朝の悲を

君が誠の淚もて

濺ぎし花を力にて

夕べ僅にしのびにき

 

かの花今はいかにせし

とてもはかなき我なれば

我を見捨てゝ枯れにしか

 

   *]

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