蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) 序のしらべ
序のしらべ
一
華(はな)やかに夕日(ゆふひ)は、かしこ、
矛杉(ほこすぎ)を、檜(ひ)のつらなみを、
華(はな)やかに映(うつ)しいでたる。
(見よ、空の遠(をち)、
夕暮(ゆふぐれ)かけて雲(くも)すきぬ。)
なからより上(うへ)を木(き)の幹(みき)、
叢葉(むらは)こずゑ、ふとあからかに、
なからより樹(こ)のもと暗(くら)く。
(今(いま)、空(そら)のうへ
冬(ふゆ)をなやらふ風(かぜ)のおと。)
夢(ゆめ)なりや、木々(きぎ)のいただき、
仰(あ)ふぐ眼(め)に瞳(ひとみ)ぞ歌(うた)ふ、
夢(ゆめ)なりや、夢(ゆめ)のかがやき。
(雲(くも)と風(かぜ)とは
春(はる)を迎(むか)ふる夕(ゆふ)あらび。)
二
わが脚(あし)は冷(つめ)たき地(つち)に
うゑられぬ、をぐらき惱(なや)み、
わが脚(あし)は重(おも)し、たゆたし。――
冷(つめ)たき地(つち)は
遁(のが)れもえせぬ「死」の獄(ひとや)。
かぐよへるめぐみのかげに
冥(みやう)をぬく「おもひ」の上枝(ほつえ)、
かぐよへる天(あめ)のみすがたや。――
めぐみのかげは
闇(やみ)の絃(いと)彈(ひ)く序(じよ)のしらべ。
歡喜(よろこび)のまぢかしや、わが
望(のぞみ)の苑(その)、光(ひかり)の流(ながれ)、
歡喜(よろこび)の朝(あした)をまため。――
まぢかしや、それ
夜(よ)は荒(すさ)ぶとも、喘(あへ)ぐとも。
三
うつつなる春(はる)に遇(あ)ひなば
甲(かん)の黃(き)や、乙(おつ)の紫(むらさき)、
うつつなる夢(ゆめ)にわが身(み)も、――
あはれ身(み)はまた
魂(たま)の常磐(ときは)にしたしまむ。
翌(あす)となり、今日(けふ)うれひを
琴(きん)のすみれ、箜篌(くご)のもくれん、
翌(あす)となりて興(きやう)じいでなば、――
さらばこころは
いかが燻(くゆ)らむ、追憶(おもひで)に。
闇(やみ)おちぬ、今(いま)はた空(むな)し、
世(よ)や、われや、ただひとつらに、
闇(やみ)おちぬ、闇(やみ)のくるめき、――
かくて望(のぞみ)の
緖(を)をこそまどへ、絕(た)えにきと。
[やぶちゃん注:「二」の第二連の「めぐみのかげは」は底本では「めくみのかげは」であるが、「青空文庫」版(底本は昭和四三(一九六八)年講談社刊「日本現代文学全集」第二十二巻「土井晚翠・薄田泣菫・蒲原有明・伊良子清白・横瀬夜雨集」)では「めぐみ」となっており、「めくみ」では躓くので、誤植と断じ、特異的に訂した。]
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