和漢三才圖會卷第三十八 獸類 麢羊(かもしか・にく)・山驢 (カモシカ・ヨツヅノレイヨウ)
かもしか 羚羊 麙羊
にく 九尾羊
麢羊
【和名加
萬之介】
【俗云尓久】
リンヤン
本綱麢羊似羊而青色毛粗兩角短小有節大如人手指
又有一角者常獨棲懸角於木枝不着地而夜宿以遠害
可謂霊也故字從靈角有其掛痕其角極堅能碎金剛石
金剛石出西域狀如紫石英百鍊不消物莫能擊惟羚羊
角扣之卽自然氷泮也又貘骨僞充佛牙物亦不能破用
此角擊之卽碎皆相畏耳其皮以作座褥
角【鹹寒或云苦寒】 入肝經甚捷【羊屬火而羚羊屬木】同氣相求也明目治
小兒驚癇大人中風搐搦等肝膽之病又能噎塞不通
【屑爲末飮方寸匕幷以角摩噎上】辟邪氣不祥解諸毒
肉【甘平】 治惡瘡强筋骨免蛇蟲毒
慈圓
拾玉松か枝に枕定るかもしゝのよそ目あたなる我庵哉
△按麢半似羊及鹿而灰青色腹白微黃眼畧大也於吉
野山中捕之畜養而不食糓肉等未知常所好食者試
投諸草及菓子止食榧葉竹嫩葉薊葉而不多食故難
育其屎亦如鹿屎
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山驢
[やぶちゃん注:以下は原典では上記標題項大字の下に一字下げで二行で記されてある。]
身似驢角似羚羊但稍大而節疎慢耳尾似馬
有岐蹄用其角僞羚羊一名羭
*
かもしか 羚羊〔(れいやう)〕
にく 麙羊〔(かんやう)〕
九尾羊
麢羊
【和名、「加萬之介〔(かもしか)〕」。】
【俗に云ふ、「尓久〔(にく)〕」。】
リンヤン
「本綱」、麢羊は、羊に似て、青色。毛、粗なり。兩角、短く、小〔にして〕、節、有り。大いさ、人の手の指のごとし。又、一角の者、有り。常に獨棲〔(ひとりづみ)〕して、角を木の枝に懸け、〔身を〕地に着けずして、夜宿〔(よじゆく)〕し、以つて、害を遠ざく。〔これ〕霊〔妙〕なりと謂ふべきなり。故に、字、「靈」に從ふ。角に其の掛けたる痕(きづ[やぶちゃん注:ママ。])有り。其の角、極めて堅し。能く金剛石[やぶちゃん注:ダイヤモンド(diamond)。]を碎(くだ)く。金剛石は西域より出づ。狀、紫石英[やぶちゃん注:紫水晶。アメジスト(amethyst)。]のごとく、百たび鍊〔(ねり)〕て〔も〕消〔(しやう)〕ぜず[やぶちゃん注:磨滅消滅することがない。]。物、能く擊つ莫し。惟だ、羚羊の角で之れを扣〔(たた)く〕時は、卽ち、自然に氷のごとく泮〔(と)くる〕なり。又、貘〔(ばく)〕の骨を僞りて佛牙に充つる物も亦、破る能はざる〔も〕、此の角を用ひて之れを擊つときは、卽ち、碎く〔る〕。皆、相ひ畏るるのみ[やぶちゃん注:ここは「それを実見する者は、ただただその神妙なる力に讃嘆するばかりである」の意。]。其の皮、以つて座褥(しきがは)に作る。
角【鹹、寒。或いは、云ふ、苦、寒。】 肝經に入ること、甚だ捷なり。【羊、火に屬し、羚羊は木に屬す。】同氣〔は、これ〕、相ひ求〔むれば〕なり。目を明〔らかにし〕、小兒の驚癇・大人の中風・搐搦〔(ちくじやく)〕等、肝膽の病ひを治す。又、能く噎塞〔(いつさい)して〕[やぶちゃん注:噎(む)せて咽喉が塞がった感じの症状。]通らざるを〔治す〕【屑を末と爲し、方-寸-匕〔(ひとさじ)〕[やぶちゃん注:一匙。]を飮み、幷びに、角を以つて噎〔(ふさ)ぐる〕上を摩す[やぶちゃん注:閉塞している感じがする部位の肌を角で撫ぜる。]。】。邪氣不祥を辟〔(さ)〕き〔→け〕、諸毒を解す。
肉【甘、平。】 惡瘡[やぶちゃん注:悪性の腫れ物。]を治し、筋骨を强くし、蛇・蟲毒を免かる。
慈圓
「拾玉」
松が枝に枕定〔む〕るかもしゝの
よそ目あだなる我が庵哉
△按ずるに、麢、半ばは羊及び鹿に似て、灰青色。腹、白く、微〔かに〕黃なり。眼、畧〔(やや)〕大なり。吉野山中に於いて之れを捕へ、畜養すれども、糓・肉等〔は〕食はず、未だ常に好んで食ふ所の者を知らざれば、試みに諸草及び菓子(このみ)を投〔ぜしに〕、止(たゞ)、榧〔(かや)〕の葉・竹の嫩葉〔(わかば)〕・薊(あざみ)の葉を食ふ。而れども、多食はせず。故に育て難し。其の屎〔(くそ)〕も亦、鹿の屎のごとし。
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山驢〔(さんろ)〕
身、驢〔(ろば)〕に似、角、羚羊に似る。但し、稍〔(やや)〕大にして、節、疎慢〔(そまん)〕なるのみ。尾、馬も似る。岐〔(また)の〕蹄〔(ひづめ)〕有り。其の角を用ひて、羚羊に僞る。一名「羭〔(ゆ)〕」。
[やぶちゃん注:ここは、狭義の羚羊(かもしか)としての、獣亜綱偶蹄目反芻亜目ウシ科ヤギ亜科カモシカ(シーロー(英名:serow))属 Capricornis の、
シーロー亜属スマトラカモシカ(シーロー・ヒマラヤカモシカ)Capricornis sumatraensis(パキスタン北部・インド北部・中国南部・タイ・ミャンマー・スマトラ島などに分布。本種には別に Capricornis milneedwardsii・Capricornis rubidus・Capricornis thar の三亜種がいるらしい)
カモシカ亜属 の、
ニホンカモシカ Capricornis crispus(日本固有種。京都府以東の本州・四国・九州(大分県・熊本県・宮崎県に分布)
タイワンカモシカ Capricornis swinhoei(台湾に分布。本種をニホンカモシカの亜種とする説もある)
を挙げておく。まず、ウィキの「スマトラカモシカ」を引く。体長は百四十~百七十センチメートル、肩高は八十五~九十五センチメートル、尾長は九~十一センチメートルで、体重は百~百二十キログラム。『全身は黒茶の毛で覆われている。体毛は粗く固い。背中に黒の縞模様がある』。四『本の脚の毛は茶褐色』。『頭部は羊や牛に似ているが』、『やや短い。広がった耳を持つ。首には長いたてがみがある。頭頂部にやや後ろに湾曲した角を持つ。メスよりオスの角のほうが大きい。蹄は短く丈夫で、岩の上を歩くのに適している』。『海抜』三千五百メートル『以下の亜熱帯の山地及び温帯地区の森に生息する。多くは』一千メートル『以上の山地に住み、冬季になると』、『海抜の低い地域に移動する。単独もしくはペアで生活する。朝と夕方に行動する』。『食性は植物食で、草、木の葉等を食べる』。『晩秋に交配し、初夏に出産する』。一『回の出産で生むのは』概ね一『匹。繁殖能力は低い』。『身の危険が及ぶと絶壁に逃げることがあるが、これがかえって目立ち、猟師の射撃の的になることが多い。そのため数が減り、現在中国では保護動物に指定されている』とある。
次にウィキの「ニホンカモシカ」を引く。体長は百五 ~百十二センチメートル、肩高は六十八~七十五センチメートル、尾長は六~七センチメートルで、体重三十~四十五キログラム。『全身の毛衣は白や灰色、灰褐色』であるが、『毛衣は個体変異や地域変異が大きい』。『頭骨の額は隆起する』。角の長さは八~十五センチメートルで、『円錐形』を成し、『やや後方へ湾曲し、基部に節がある』。耳の長さは九~十一センチメートルで、『耳介は幅広く、やや短いため』、『直立しても』、『耳介の先端と角の先端が同程度の高さにある』。『眼窩はやや小型で、涙骨の窪みは前頭骨に達しない』。『四肢は短い』。『低山地から亜高山帯にかけてのブナ、ミズナラなどからなる落葉広葉樹林や混交林などに生息する』。『以前は高山に生息すると考えられていたが、生息数の増加に伴い』、『低地にも出没するようになり、下北半島では海岸線付近でみられることもある』。『季節的な移動は行わない』。十~五十『ヘクタールの縄張りを形成して生活し、地域や環境により変異があるが』、『オスの方が広い縄張りを形成する傾向がある』。『眼下腺を木の枝などに擦り付け縄張りを主張する(マーキング)』。『縄張りは異性間では重複するが』、『同性間では重複せず、同性が縄張りに侵入すると』。『角を突き合わせて争ったり』して『追い出す』。『単独で生活し』、四『頭以上の群れを形成することはまれ』である。『木の根元・斜面の岩棚・切り株の上などで休む』。『広葉草本、木の葉、芽、樹皮、果実などを食べる』。『下北半島では』百十四『種、飛騨山脈では』ササ属Sasa やスゲ属Carex『を含む』九十五『種の植物種を食べていた報告例がある』。『積雪時には前肢で雪を掘り起こして食物を探す』。十~十一『月に交尾を行う』。『妊娠期間は』二百十五日で、五~六月に主に一回に一『頭の幼獣を産むが』、『複数頭を出産することや毎年出産することは少ない』。『幼獣は生後』一『年は母親と生活する』。『生後』一『年以内の幼獣の死亡率は約』五十%の高率で、『特に積雪が多い年は死亡率が高くなる』。『オスは生後』三『年で性成熟し、メスは生後』二~五年(平均四年)で『初産を迎える』。『寿命は』十五『年だが、雌雄共に』二十『年以上生きた個体もいる』。『飼育下での記録は』三十三『歳(館山博物館カモシカ園「クロ」)』。『崖地を好み、犬に追われた場合など崖に逃げる傾向が強い。好奇心が強く、人間を見に来ることもあると言う。「アオの寒立ち」としても知られ、冬季などに数時間、身じろぎもせずじっとしている様子が観察される。理由は定かではないが、山中の斜面を生活圏としていることから、反芻(はんすう)をするときに、寝転ぶ場所がないからともいわれている』。『カモシカの糞はシカの糞とほぼ同じ形で、楕円形である。野外において、この両者を見分けるのは簡単ではない。一つの目安はシカは糞を少数ずつ散布するが、カモシカは塊を作ることである。盛り上がった糞塊が作られていれば、カモシカの可能性が高い。これは、シカは歩きながら糞をするのに対し』、『カモシカは立ち止まって糞をする傾向があるからである』。「日本書紀」の皇極天皇二(六四三)年十月二日の条に『童謡(わざうた)が歌われており、「岩上に 小猿米焼く 米だにも たげてとおらせ 山羊(カマシシ)の老翁(おじ)」と記され、老人の踊りをカマシシ=カモシカに例えている』。『カモシカという名称は昔、その毛を氈(かも)と呼んでいたことによる。「氈鹿」のほかに「羚羊」という漢字を宛てることがある。別名を「アオジシ」と言い、マタギのあいだでは単に「アオ」とも呼ばれ、青色の汗をかくと言われる。他にニク、クラシシなどの別名もあり、鬼のような角をもつことから、「牛鬼」と呼ぶ地方もあるとされる』とある。因みに、私は二十六歳の時、顧問をしていたワンダーフォーゲル部の夏の合宿で、槍から下る、徳本(とくごう)の手前で、夕刻、四、五メートル先の藪の中にいる♀と出逢ったのが、野生のそれとの邂逅の最初であった。
「にく」『俗に云ふ、「尓久〔(にく)〕」』これは動物の敷き革を指す「褥」「蓐」の音を当てたもので、本種の皮がそれに適していたことに拠る。
「麢羊」『常に獨棲〔(ひとりづみ)〕して、角を木の枝に懸け、〔身を〕地に着けずして、夜宿〔(よじゆく)〕し、以つて、害を遠ざく。〔これ〕霊〔妙〕なりと謂ふべきなり。故に、字、「靈」に從ふ』大修館書店「大漢和辭典」の「麢」(かもしか・かもしし)の解字に事実、「靈」に通じ、「優れる」の意とある。
「泮〔(と)くる〕なり」「泮」の字には「氷が溶ける」の意がある。
「貘〔(ばく)〕」独立項で既出既注。
「肝經」五臓の「肝」「膽」に関わる重要な経絡。そもそもが肝臓と胆嚢はともに五行で「木」に属するため、密接な関係を持っているが、ここで割注している「羊、火に屬し、羚羊は木に屬す」と後の「同氣〔は、これ〕、相ひ求〔むれば〕なり」というのは、この羚羊が漢字表記上で「羊」の同類であるから「火」で、「羚羊」は「木」に属すが、実は五行説の相生説では「木生火(もくしょうか)」(木は燃えて火を生む)であるから、「火」の「羊」は「木」の「羚羊」を生み出す(相性がよい)のであり、しかも肝胆を司る「肝胆」は「木」に属せばこそ、速やかに本種の角が作用するのであるというのであろう。
「小兒の驚癇」小児性癲癇。
「大人の中風」中気とも呼ぶ。後天的な半身不随や、顔面・腕・脚等の麻痺及び運動障害などの症候群をいう。脳・脊髄の炎症や外傷など器質的病変によっても発生するが、通常現在では脳卒中の後遺症として現れるものを指す。
「搐搦〔(ちくじやく)〕」「ひきつけ」や痙攣の症状を指す。
「慈圓」「拾玉」「松が枝に枕定〔む〕るかもしゝのよそ目あだなる我が庵哉」「慈圓」は「慈鎭」に同じ。「獅子」の注を参照。「拾玉集」は彼の私歌集。
「榧〔(かや)〕」裸子植物門マツ綱マツ目イチイ科カヤ属カヤ Torreya nucifera。
「薊(あざみ)」キク目キク科アザミ亜科アザミ連アザミ属 Cirsium のアザミ類。
「山驢〔(さんろ)〕」「山海経」の郭璞注に、「閭卽羭也、似驢而岐蹏、角如麢羊、一名山驢」と出るが、既に私は「驢(うさぎむま)(ロバ)」の注で、ウシ亜科ニルガイ族ヨツヅノレイヨウ(四角羚羊)属ヨツヅノレイヨウTetracerus quadricornis(インド・ネパール:ウシ亜科の中でも原始的な種と考えられているが、画像を見る限り、本種は牛ではなく如何にも鹿っぽい。ウィキの「ヨツヅノレイヨウ」のヨツヅノレイヨウの画像をリンクさせておく)に同定比定した。]