雜吟『若し忍ばず、われゆかば』 國木田獨步
雜吟『若し忍ばず、われゆかば』
君し忍ばず、われゆかば、
深き契も、あだならん。
曇るを月のならひとは、
まつ心なき、恨なり。
夕は歌に音を泣きて、
あしたは神に祈れかし。
淺くなくみそ情(なさけ)をば、
底のましみづいや深し。
千里くまなき月かげは、
君が面わをてらすべし。
星さゆる夜の秋風は、
わが高どのゝ淚かな。
ますらをのこは世にかたん、
淸き少女は戀になけ。
忍ぶは君が誠にて、
いさむはわれの誇なり。
[やぶちゃん注:標題は底本編者によるもので、総標題に一行目を添えたもので、本篇は無題。初出は明治三〇(一八九七)年十二月十日発行の『國民之友』。なお、本篇は底本解題によれば、昭和六(一九三一)年改造社刊の「現代日本文學全集」第十五篇「國木田獨步集」の口絵にある写真版の下方の毛筆原稿「わきもこにまいらす歌」(「まいらす」はママ)の異稿であるとある。末尾クレジット(後掲)から見て、これが原初期稿であったと考えてよいであろう。幸い、国立国会図書館デジタルコレクションの画像に当該書籍があったので、画像でダウン・ロードし、トリミングして以下に示し、それをもとに当該異稿詩篇も電子化しておく。
*
わきもこにまいらす歌
君し忍ばず、われゆかば、
深きちぎりも、あだならん。
曇(くも)るを月のならひとは、
待(ま)つ心なき、恨みなり。
ゆふべは歌に音(ね)を泣(な)きて、
あしたは神に祈れかし。
淺(あさ)くな掬(く)みそ、情(なさけ)をば、
底(そこ)の眞清水(ましみづ)いや深し。
千里(ちさと)くまなき月影は、
君がおもわを照らすべし。
星さゆる夜(よ)の秋風は、
わが高殿(たかどの)の淚かな。
ますらをのこは世にかたん。
清き少女(をとめ)は戀になけ。
忍ぶは君が誠にて、
勇(いさ)むはわれの誇(ほこり)なり。
*
詩の後に、
*
卅年十一月九日午前三時半
彼人の心をあはれと泣きてこの
詩を作りはげます。
*
という添書きがある。]
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