はてしなき海 國木田獨步
はてしなき海
月の光にさそはれて
大海原をたゞよはん
とこよの岸は何處ぞや
そよぐ潮風こゝろせよ
はてなき海と思ひてし
いにしへ人はさちなりき
雲井はるかに見わたせば
波のかなたははてもなし
わが帆ゆたかに孕みたり
月はさやかにてらすなり
そよぐ潮風こゝろせよ
とこよの岸はいづこぞや
波に碎くる月影は
常世に通ふ路なるか
月に漂ふわが舟は
空に浮べる雲なるか
空や海なる海や空
吾や月なる月や吾
われは常世の民にして
常世は今のうつゝなる
わが帆ゆたかに孕みけり
月はさやかない照らすなり
常世の岸も程ちかし
そよぐ潮風こゝろせよ
[やぶちゃん注:初出不明。]