蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) やまうど
やまうど
やまうどは微(かす)かに呻(うめ)く、わなわなと
胸(むね)にはむすぶ雙(さう)の手(て)や、
をみなよ、その手(て)を………
やまうどは寢(ね)がへるけはひ。
やまうどの枕(まくら)を暗(くら)く寂(さび)しげに
燈火(ともしび)くもる夜(よる)の室(むろ)、
をみなよ、照(て)らしぬ………
やまうどは汗(あせ)す、額(ひたひ)に。
やまうどは何(なに)をかもとむ、呼息(いき)づかひ
いと苦(くる)しげに呟(つぶ)やける、
をみなよ、聞(き)け、問(と)へ………
やまうどの唇(くちびる)褪(あ)せぬ。
やまうどの眼(まなこ)は轉(まろ)び沈(しづ)み入(い)り、
きしめぐらしき惱(なや)ましさ、
をみなよ、靜(しづ)かに………
やまうどに夜(よる)の氣(け)熟(う)みぬ。
やまうどは落居(おちゐ)ぬ眠(ねぶ)り、蟀谷(こめかみ)の
脈(すぢ)ひよめきて、また弛(ゆる)ぶ、
をみなよ、あな、あな………
やまうどの面(おもて)ほほゑむ。
やまうどをこの束(つか)の間(ま)に、(その人(ひと)の
妻(つま)たる三年(みとせ))、いかに見(み)る、
をみなよ、畏(おそ)れな………
やまうどの夢(ゆめ)は罅(ひゞ)きぬ。
やまうどの枕(まくら)をかへよ、舊(ふ)りぬるも
なほ新(あら)たなる布(ぬの)ありや、
をみなよ、いづくに………
やまうどに燈火(ともしび)滅(き)えぬ。
[やぶちゃん注:総てのリーダは九点。第三連冒頭の「やまうどは何(なに)をかもとむ、呼息(いき)づかひ」は底本では「やとうどは何(なに)をかもとむ、呼息(いき)づかひ」。明らかな誤植で、底本の「名著復刻 詩歌文学館 紫陽花セット」の解説書の野田宇太郎氏の解説にある、有明から渡された正誤表に従い、特異的に呈した。同じ仕儀を「さしめぐらしき惱(なや)ましさ、」(底本は「きしめぐらしき惱(なや)ましさ、」)と、「脈(すぢ)ひよめきて、また弛(ゆる)ぶ、」(底本は「脈(すぢ)びよめきて、また弛(ゆる)ぶ、」)で施した。「やまうど」は「山人」のこと。]
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