近頃逝きし友を思ひて 國木田獨步
近頃逝きし友を思ひて
君は已に此世を去りて
靜かなる處に行き給ひぬ
吾は今猶前途の夢に迷ふ
前途! 前途! 何處とかある
靈なる君の聲を揚げて
吾を夢よりさませかし
君と吾とは友なりき
吾は君をいつくしみき
然り、愛したりと思ひ居たり
君逝きて、吾一度泣きぬ
今は如何に、あゝ今は如何に
君逝きてまだ一月を經ず
吾が心すでに君を忘れんとす
吾また君を思はざらんとす
天も地も不思議の命も
君と別れし刹那こそ
いと怪しくも思ひしが
今ははや何の不思議も消えにけり
靈なる君よ
迷冥にあらん吾が友よ
夜更けて願かくか吾が界を訪へ
吾君に會はんと
昨夜芝公園にと行きぬ
人行き絕えし森のなか
古き建物いや凄き
ものゝあやめも見えぬ處
靜に苔むす石に腰かけ
暗に向ひて君を呼びぬ
友よ、されど聲は無かりけり
身の毛のよだつのみなりき
君がゆきし其のあとは
雨のみ降り日も暗く
我が心いとむすぼれしが
そはたゞ濁れる血のせきしのみ
世に在ると世に亡きと
何の隔のある事ぞ
君よ、迷冥にあらん君よ
希くほとこしへの情をつゞくれ
吾をして何時までも君を
忘れしむる勿れ
如何に前途の夢にあくがるゝ時も
如何に人のてだてに湧き立つ時も
如何に人のことばに□□時も
如何に世の樣を嘆く時も
如何に戀の幻になやむ時も
君よたゞに吾にのりて
此の世の不思議を說けよかし
命の不思議を說けよかし
天地の不思議を說けよかし
以て吾を眞面目ならしめ
いぎ去らば 今夜は
君と語らん、暗き森の
君と語らん
[やぶちゃん注:同じく「獨步遺文」より。
「迷冥」は見慣れぬ熟語であるが、「めいめい」と読んでおき(國木田獨步はクリスチャンであるから「めいみやう(めいみょう)」と敢えて読む必要はないと思う)、「迷」は単に冥界の非常な「冥」(くら)さの、迷うほどにいや深いことを強調する接頭語と採ればよいと私は思う。
「君よたゞに吾にのりて」の「のりて」は、老婆心乍ら、「告(宣)(の)りて」で「告げて」の意。]