春來り冬ゆく 國木田獨步
春來り冬ゆく
のぼる朝日を迎へては
春よ春とと叫ぶをば
梢の鳥も同じこゝろに聞きとりて
ねをふりたてゝ囀りぬ
囀る聲をきゝてはわれも
春よ春よとまたよびぬ
沈む夕日を見送りて
冬よ冬よと叫ぶ時
遠寺の鐘のをとも憐れに鳴りひゞき
冬の心を弔ひぬ
きえゆく鐘をきゝてはわれも
冬よ冬よとまたよびぬ
[やぶちゃん注:「をとも憐れに」の「をと」はママ。初出(『國民之友』明治三〇(一八九七)年二月)は「音も」。「遠寺の鐘の」の「遠寺」は「ゑんじ」と読み、文字通り、遠くにある寺。「太平記」には既に用例があえい、中国の名勝名数である「瀟湘(しょうしょう)八景の」一つ「煙寺晩鐘」を踏まえた用例が多く、「煙寺」とも書く。]

