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2019/03/12

ゆめうつゝ 國木田獨步

 

  ゆめうつゝ

 

昨夜の夢のあやしさを

語りつくさんすべもがな

ゆくへもしらずさすらふは

我身か、あらず、影なるか、

暗(くら)きをたどるをのこあり

 

仰げば空の星消えて

常世(とこよ)の闇(やみ)の光なし

とばかりありて星一つ

とばかりありて二つ三つ

かゞやき出でぬくれなゐに

見る間(ま)たちまちむらさきに

我身か、あらず、影なるか、

をのゝき立てるをのこあり

 

夢を見る見る夢ならで

我身くすしくなりにけり

心たちまちをのゝきて

あはれ我身と叫びたり

とばかりありて星飛びぬ

とばかりありてたまゆらぎ

我身くすしくなりにけり

 

夢さめぬ朝日のぼりて

かぎりなし天のはるばる

あかつきの光は淸し

風吹けば靑葉かゞやき

鳥鳴きて今日(けふ)も變らず

いかなればくすしかりけん

この我身昨夜の夢に

 

夕闇遠し獨りして

小川の岸をたどりつゝ

仰げば高し色深し

瑠璃の大空雲たえぬ

見はてのかぎり山見えず

吹き送る風は袂をひるがへし

うたふ聲森をへだてゝ聞ゆなり

牛ひける童は見えず鐘の聲

遠近(をちこち)の寺にひゞきつ獨りゆき

ものを思へば、はてもなし

我身あやしと見し夢は

夢よりさめし夢なるか

夢にあやしと見し星は

色に光に變りなし

現(うつゝ)の今ぞ夢なるか

 

夢みなん、いざ今宵また

星飛びて月も碎けよ

底さけて眠れる火山

降りそゝげ焰の雨

をのゝきさめんかくて吾

夢のうちにもうつゝ世の

にぶき眠りの迷より

 

[やぶちゃん注:これより以下、十五篇は、明治三一(一八九七)年一月增子屋(ますこや)書店刊の、「靑葉集」と同じく石橋哲次郎(こちらでの筆名は「石橋愚仙」であるが、これは彼の別号。彼については旅人歌」の私の注を参照されたい)編になる袖珍本の詞華集「新體詩集 山高水長」(「さんかうすいちやう(さんこうすいちょう)」:訓読すれば「山のごとく高く水のごとく長し」で「山が高く聳え、川が長く流れる」であるが、一般には、「高潔な人の功績や徳望が崇高で、長く人に仰がれること」の、或いは、「人の品性が高大で高潔なこと」の形容に用いられるが、ここは原義のままでとれば良かろう)の巻頭を飾った「國木田哲夫」名義の詩篇である(因みに、本書には後に大月隆編・文學同志會刊の別版(翌年二月の時点で四版も出している)がある。国文学研究資料館の「近代書誌・近代画像データベースで「高知市民図書館」の「近森文庫所蔵しかしこれは恐らく意想外に売れた結果か、版を譲り受けた大月何某が増刷した感じが濃厚な気がするので、参考にはしたものの、私は校合対象とはしなかった)。そこでは詩」の時と同じく「獨步吟」という総題を持つ。同アンソロジーは國木田のそれを巻首として他に、田山花袋・宮崎湖処子・佐々木信綱・石橋愚仙(編者)・松岡國男(後の柳田國男)・繁野天來・正岡子規・大町桂月・太田玉茗・重松朋水・桐生悠々の作品を収めるもので、前の二詞華集とはメンバーに於いても親和性の強いものである。幸いにして、早稲田大学図書館古典総合データベースで、初版の全篇を視認し、ダウン・ロードことが出来る。私も電子化に際しては底本と、これを校合させて貰った。

 初出は『國民之友』明治三〇(一八九七)年七月。初出では第五連の、

ものを思へば、はてもなし

と、

我身あやしと見し夢は

の間で連が切れており、全七連構成となっている。全体の構成バランスから見ると、一見、このブレイクはあって自然に見えるが、寧ろ、コーダへ向けて、地殻の中に鬱勃してゆく如きも「あやし」きパトスの様態を感じるとき、この中断はない方がよいと私は感ずる。

 三箇所で出る「くすしく」「くすしかり」という「くすし」は以前にも注したが、「奇(くす)し」で「不思議な」(感じ)の意で、大袈裟に言えば、ある種の霊的な感応の感覚を、もっとフラットに言えば、なんとも説明し難い一種、奇妙な印象を指している。]

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