落葉の歌 清白(伊良子清白)
落葉の歌
冬は美晴(びせい)の日ぞ多き
東京の天(てん)朝な朝な
不二を篩(ふる)ひて山の手の
庭は落葉の頻りなり
夜におき結ぶ初霜に
濃きもうすきも色かへて
日出でぬひまのきららかさ
箒(ははき)知らぬが眺めなり
いくさをはりて凱旋の
日に日にきこゆらつばの音(ね)
御旗たてたる軒端(のきば)より
降るも金(こがね)の木の葉かな
街巷(ちまた)をはさむ篠(すず)かけの
梢はすきて灯(ひ)の海の
彼方は明かし流れ入る
堆葉(うずは)は河と疑はる
斗牛(とぎう)の間暗うして
曇りがちなる星の空
急ぐ落葉の頃なれば
ちぎれし雲のみだれとぶ
十年(ととせ)も束の間すぎさりて
馴るるに早き佗住みの
窓を隔ててさらさらと
落つる木の葉をなつかしむ
[やぶちゃん注:明治三九(一九〇六)年一月一日発行『文庫』初出。署名は「清白」。伊良子清白満二十八歳。この前年の五月末、鳥取市の漢学者森本歓一・なかの長女で鳥取県女子師範学校附属小学校訓導であった幾美(えみ)と結婚、翌六月二十七日、当時、勤務していた帝国生命保険の保険検査医として東京へ転任、新妻とともに旧赤坂区新町四丁目に新居を構えた(現在の港区赤坂のこの中央附近と推定される。富士山は西南西に当たる)。日露戦争はその二ヶ月後の九月一日に休戦、翌月十月十四日にポーツマス条約批准によって終結している。
「斗牛」二十八宿の斗宿と牛宿。斗は射手座の一部、牛は山羊座の一部で、ともに南方の天にある。
初出は以下。最終連を大きく改変している。
*
落葉の歌
冬は美晴(びせい)の日ぞ多き
東京の天、朝な朝な
不二を篩(ふる)ひて山の手の
庭は落葉の頻なり
夜におき結ぶ初霜に
濃きも淡きも色更へて
日出でぬまのきららかさ
箒(ははき)知らぬが眺なり
戰終りて凱旋の
日に日にきこゆ町の内
御旗樹てたる軒端(のきば)より
降るも金(こがね)の木の葉かな
街巷を挾む櫻木の
果は夕の鐘の海
音を慕ひて流れ入る
堆葉(うずは)は河と疑はる
斗牛(とぎう)の間暗くして
曇りがちなる星の空
急ぐ落葉の頃なれば
しめらぬ雲の亂れ飛ぶ
時雨のあめか木の葉かと
うたひし古歌を思ひいで
枕欹て蕭々と
落つる響を聽けるかな
*
初出最終連の「欹て」は「そばだて」。]