白百合の歌 清白(伊良子清白)
白百合の歌
凱旋(かちどき)祝ふ王城の
夕べ輝く銀の盃(つき)
形も勝(け)なり百合の花
山の峽間(はざま)に開きたり
一々(いちいち)の花一々(いちいち)の
微妙(みめう)を現(げん)ず燦として
無數の花の百合の群(むれ)
白きに化(け)する魂(たま)あらむ
試みに採る一莖(いつけい)の
細きに撓む花の冠(かんむり)
淸淨(しやうじやう)世界眼前に
天女(てんによ)も來り舞ひぬべし
神見(みそな)はし頌(ほ)めたまふ
眞珠(またま)か籠る花の露
眠れる旦(あした)醒むる夕べ
詩人(うたびと)心を傷ましむ
冷やかにして秋の草
暖かにして春の花
悟りと迷ひ白百合の
花はすべてを超脫す
山縱橫(たてぬき)に雲百重(ももへ)
谷さかしまに水千尋(ちひろ)
遲々たる步み木(こ)の暗(くれ)に
蠢(うご)めく人間營めり
不老の門(かど)に駭(おどろ)きて
かけ去る物の命(いのち)かな
日月劫(ごふ)に蝕(しよく)し消え
百合の白きを殘すべし
[やぶちゃん注:初出は明治三五(一九〇二)年九月発行の『文庫』。署名は「清白」。
「勝(け)なり」形容動詞「異(け)なり」で、「常と違って勝(まさ)っている、特別である」の意。
「見(みそな)はし」老婆心乍ら、「みそな」は「見」のみのルビ。「見行はす」で「見る」の尊敬語。
「縱橫(たてぬき)」「ぬき」は万葉以来の「織物の緯(横)糸」を呼ぶ語。
初出形は以下。
*
白百合の歌
凱旋(かちどき)祝ふ王城の
夕べ輝く銀の盃(つぎ)
形に似たる百合の花
山の峽間(はざま)に開きたり
一々(いちいち)の花一々(いちいち)の
微妙(みめう)を現(げん)ず燦として
無數の花の百合の群(むれ)
白きに魂(たま)は化(け)するべし
試みに採る一莖(いつけい)の
細きに重き花の大(たい)
淸淨(しやうじやう)世界、眼前に
天女(てんによ)も來り舞ひぬべし
彼、去んぬ時入んぬ時
夢の使の花の露
眠れる朝(あした)醒むる夕
詩人(うたびと)心を傷ましむ
冷やかにして秋の草
あたゝかにして春の花
迷と悟白百合の
花はすべてを超脫す
山縱樣に雲百重
谷橫ざまに水千尋(ちひろ)
遲々たる步み木(こ)の暗(くれ)に
如是人間を拜せしむ
不老の門(かど)に駭(おどろ)きて
かけ去る物の命(いのち)かな
日月劫(ごふ)に蝕(しよく)し消え
百合の白きを殘すべし
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