太平百物語卷一 九 經文の功力にて化者の難遁れし事
○九 經文の功力(くりき)にて化者(ばけもの)の難遁(のが)れし事
或僧、丹波の國を修行せられける時、「村雲(むらくも)の山」といふ所にて、日、暮れければ、上の峠に家(いへ)のありしを求めて、宿(やど)をこひけるに、年の比(ころ)、十二、三斗(ばかり)なる童一人出でて、宿をゆるしぬ。
内に入りてみれば、あるじは七十あまりの姥(うば)なりけらし。
其顏(かほ)ばせ、世にすさまじく、目のうちは水晶を磨きたるが如くなりしが、此僧をみて、
「につこ。」
と笑ひて、いひけるは、
「旅僧(りよそう)は何方(いづかた)より、いづくへゆかせ玉ふぞ。」
と問ふ。僧、こたへて、
「われらは何國(いづく)をそれと定むる事、なし。出家の事にさふらへば、命の限りは國々を廻(めぐ)り侍る。」
と申されければ、姥、聞きて、
「扨(さて)は、やさしき御志しにて社(こそ)候へ。今宵は、わらはが家(いへ)に明させ玉へ。見ぐるしく候へど、あれに、一間(ひとま)の候。」
とて、さきの童子にあなひさせければ、此僧も心をやすんじ、一間に入しが、折しも、軒の透間(すきま)より月の影、幽(かす)かにさし渡りければ、
秋の雨なごりの空ははれやらで
なを村雲の山の端の月
[やぶちゃん注:「なを」はママ。]
とよみしむかしのことの葉までも、いとゞあはれにおもひいでられ、心靜(しづか)に御經を讀誦(どくじゆ)し居(ゐ)けるに、夜(よ)も更行(ふけゆき)て、納戶(なんど)の内(うち)に、物くらふ音の聞へしが[やぶちゃん注:ママ。]、偏(ひとへ)に、魚(うを)などの骨を、かむやうに聞へしほどに、此僧、あやしみおもひて、杉の戶の間(ひま)より、そと、のぞき見れば、死人(しにん)の腕を取つて、
「ひた。」
と喰(くら)ひけるが、肉の所は、わけて、童子にあたへ、骨と覚しき所は、姥、取くらひぬ。
此僧、此ありさまを見て、大きにおどろき、
『扨は、世に聞ゆる「山うば」ならめ。此人を喰(くひ)おはらば、終(つゐ[やぶちゃん注:ママ。])には、われらをも取りくらはん。』
とおもふに、肝(きも)・たましゐも身にそはず、あきれはてゝ居(ゐ)たりしが、
『とても、遁(のが)れんとすとも、かなふまじ。所詮、此所に露命(ろめい)を落さんこそ安からめ。』
と思ひ極めて、一心不乱に御經を讀誦し、更に餘念もなかりしが、此姥、死人どもを喰(くら)ひしまひて後(のち)、童子に、いふ。
「何(なに)と、食(しよく)に飽(あき)たるや。」
と。
童子、かぶりをふりて、
「未(いまだ)あかず。」
といへば、姥、点頭(うなづい)て、
「さこそあらめ。明日(あす)は又、飽くまで喰(くら)はせんに。待(まち)候へ。」
といふ。
童子、こたへて、
「こよひ、宿まいらせし客僧こそ、肉あひもふとくて、味よからんに、与へ玉へ。」
と、いふ。
姥がいはく、
「我もさはおもへど、宵より少しもまどろまずして、偏(ひとへ)に經文をのみ誦しゐ侍る程に、我(われ)、いとまを得ず。」
と、いふ。
此僧、始終を聞(きゝ)て、いよいよ、身心(しんじん)、安からず、偏(ひとへ)に死出(しで)の山路(やまぢ)に迷(まよひ)たる亡者の、ごくそつに逢(あへ)る心地して、いと淺ましくおもひ、猶も、高らかに御經を讀上(よみあげ)ければ、童子、重(かさね)て、いふ。
「いかに經文を讀むとも、われ、行(ゆき)て、喰殺(くひころ)さん。」
と、進み行を、姥、おさへて、いはく、
「汝が及ぶ所にあらず。さあらば、我、行きて、先(まづ)、試みん。」
とて、かの僧の傍(そば)ちかく伺ひ寄(より)しを、此僧、しらぬ顏にて、眼(まなこ)を閉(とぢ)、いよいよ、御經、怠る事、なし。
時に此姥、折りをみて、飛びかゝつて喰付(くひつか)んとせしが、此僧の姿、俄(にはか)に不動尊の形(かた)ちに見へて[やぶちゃん注:ママ。]、いとおそろしかりければ、中(なか)々、寄(より)もつかれぬに、讀み上ぐる經文の聲、姥(うば)が身節(みふし)にこたへて、殊(こと)なふ苦しかりければ、力(ちから)なく退(しりぞ)きしが、兎角する内、夜もしらじらと明けければ、此僧は、何となく、
「緣あらば、又、參らん。」
などいひて、此宿を出(いで)ければ、姥も童子も、名殘(なごり)おしげに、見おくりしが、辛(から)きいのちを助りて、何事なくぞ、出でられける。
これ、偏(ひとへ)に經文の功德(くどく)とぞ、聞(きく)人、感を催しける。
今も此國には、かゝるおそろしきものゝ有(ある)よし、聞へ侍りぬ。
太平百物語卷之一終
[やぶちゃん注:「丹波の國」「村雲(むらくも)の山」諸情報を勘案すると、恐らくは兵庫県篠山市東本荘字城山の西の、この「松ヶ鼻」の東北の、この地図の(国土地理院図)中央の小さなピーク(標高三百三十一メートル)ではないかと思われる(グーグル・マップ・データの航空写真はこちら)。
「秋の雨なごりの空ははれやらで」「なを村雲の山の端の月」「とよみしむかしのことの葉」とくれば、誰か知られた歌人の一首であろう、それらしい歌ではある、などということになるのであるが、知らない。少なくとも八代集にはない。主人公は僧なので、西行も調べてはみたが、なさそうだ。そもそもが「秋の雨」という歌い出しは、近代短歌ならまだしも、何となく洗練された古形の感じじゃあないように思われる。私は和歌嫌いなので、ご存じの方は御教授願いたい。]


