歌の女神 清白(伊良子清白)
歌の女神
興(きよう)は流るる水のごと
花をうつして花を動かす
うたはとどまる花のごと
水に映(うつ)りて水を逐ふ
歌作るには興(きよう)ほしく
興(きよう)えしをりは歌なつかし
天にめをとの星もあれど
歌と興とは並び得ず
市(いち)に買ひしは女郎花(をみなへし)
庭のすすきの露分けて
うつしうゑても歌は成らず
花は見る見る枯れんとす
ともし火くらく紙展(の)べて
歌書く筆のたどたどし
こよひは月夜淸くして
こころに波も起りこず
成れるは人の目に觸れて
あしきながらも姿あり
成らずすてたる歌反古(うたほご)の
うすきは風に破れたる
まなこふさぎて物思ふ
やみの彼方に誰がためぞ
歌の女神のはれやかに
いそぎ給ふを拜したり
[やぶちゃん注:初出は明治三五(一九〇二)年十月発行の『文庫』。署名は「清白」。以下に初出形を示す。
*
歌の女神
興(きよう)は流るる水のごと
花をうごかし花にゆく
うたはとゞまる花の如
水に靡きて水を追ふ
歌作るには興(きよう)ほしく
興(きよう)えしをりは歌こひし
天に姉妹の星あれど
歌と興とは並び得ず
市(いち)に買ひしは女郎花(をみなへし)
友のうゑしは萩の花
狹き庭にも露みちて
うた面白き秋は來ぬ
ともし燈くらく紙展(の)べて
歌かく筆のたどたどし
こよひは月夜淸らにて
こゝろに波もおこりこず
成れるは人の目にふれて
惡しきながらに姿あり
成らですてたる歌反古(うたほご)の
うたは我身をうらむらむ
眼ふさぎて物思ふ
闇の彼方に誰が爲ぞ
歌の女神のはれやかに
いそぎたまふを拜したり
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