函山雜興 伊良子清白
函山雜興
塔 の 澤
○
七湯の秋は白萩の
咲くにまかせて闌(た)けぬれど
軒(のき)にともしのゆらぐ時
すだれにすずし山の風
○
木犀(もくせい)匀ふ欄干に
倚れるを友とよびとめて
おなじ浴衣のうしろ影
見知らぬ人のふりむきぬ
阿育王山
驪山にまさる秋の色
古りにし寺をたづぬれば
杉の林のおくにして
蜩なくや岩だたみ
萩も芒(すすき)もみ佛の
小甁の花の手向草(たむけぐさ)
くちし扉の蜘蛛のいと
おちて聲ある秋の風
湯本廓外
秋は灰なす雲下りて
落つる日うすき川上の
杉の林の杣(そま)が家(や)に
山栗燒くかたつ煙
塔の澤途上
蘆の湖遠くして
水は寂しき早川の
流れのおくをたづぬれば
箱根八里の秋の風
北條早雲墳
苔に蒸したるおくつきの
塵を拂ひてわが友が
捧げし花は萎(しぼ)むとも
深きおもひを饗(う)けよ君
早 雲 寺
蕎麥の畠に日はさして
あきつ飛び交ふ早雲寺
鐘樓の軒(のき)を秋風の
すぐれば奇(く)しき響あり
箱根舊道
葛の花さく谷沿ひを
夕暮急ぐ山駕よ
雲の紅(くれなゐ)ある程を
宿(しゆく)まで行くか潮(うみ)見にと
玉 簾 瀧
岩ほをくだり岩におち
瀧の千條(ちすぢ)の白いとの
かかりて細き水すだれ
秋の羽振る山風は
木々のこずゑをそよがせて
聲も寂しき水すだれ
[やぶちゃん注:明治三三(一九〇〇)年十月発行の『文庫』初出。署名は「無名氏」。校異によれば、初出では冒頭の「塔の澤」の二連目が、『「塔の澤途上」の後に入る』とある。ということは、
*
塔の澤途上
蘆の湖遠くして
水は寂しき早川の
流れのおくをたづぬれば
箱根八里の秋の風
木犀(もくせい)匀ふ欄干に
倚れるを友とよびとめて
おなじ浴衣のうしろ影
見知らぬ人のふりむきぬ
*
となっているということであろう。その他には有意な異同を認めないので、初出全体は示さない。]
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