月光日光 伊良子清白
月光日光(げつくわうにつくわう)
月光の
語るらく
わが見しは一(いち)の姬
古(ふる)あをき笛吹いて
夜も深く塔(あらゝぎ)の
階級(きざはし)に白々(しらじら)と
立ちにけり
日光の
語るらく
わが見しは二(つぎ)の姬
香木の髓香る
槽桁(ふなげた)や白乳(はくにう)に
浴(ゆあ)みして降りかゝる
花姿(はなすがた)天人(てんにん)の
喜悅(よろこび)に地(つち)どよみ
虹たちぬ
月光の
かたるらく
わが見しは一の姬
一葉舟(ひとはぶね)湖(こ)にうけて
霧の下(した)まよひては
髮かたちなやましく
亂れけり
日光の
語るらく
わが見しは二(つぎ)の姬
顏映る圓柱(まろばしら)
驕(おご)り鳥(どり)尾を觸れて
風起り波怒る
霞立つ空殿(くうでん)を
七尺(せき)の裾曳いて
黃金(わうごん)の跡(あと)印(つ)けぬ
月光の
語るらく
わが見しは一の姬
死の島の岩陰に
靑白(あをしろ)くころび伏し
花もなくむくろのみ
冷えにけり
日光の
語るらく
わが見しは二(つぎ)の姬
城近く草ふみて
妻(つま)覓(ま)ぐと來し王子(みこ)は
太刀取(たちとり)の耻(はぢ)見じと
火を散らす駿足に
かきのせて直走(ひたばせ)に
國領(こくりやう)を去りし時
春風(はるかぜ)は微吹(そよふ)きぬ
[やぶちゃん注:初出は明治三八(一九〇五)年一月発行『文庫』であるが、初出では総標題「冬の夜」のもとに、本篇と「漂泊」及び「無題」(昭和四(一九二九)年新潮社刊「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」に所収)の三篇を掲げてある。署名は「清白」。本電子化は初出を復元しようと思ったが、第一連の四行目の「笛(ふえ)吹(ふ)いて」が「笛次いて」とあるのは誤植で、第三連の「語(かた)るらく」のみが「かたるらく」というのは如何にもなので、今回は「孔雀船」版を示した。但し、読み誤りようのないと思われるルビを除去し、後注して差別化しておいた。
「塔(あらゝぎ)」読みは所謂、「斎宮(さいぐう)の忌(い)み詞(ことば)」(伊勢の斎宮(「いつきのみや」とも読む)が仏教用語や不浄語を避けるために代わりに用いた言葉。他に、「経」→「染め紙」・「死」→「直り物」・「僧」→「髪長 (かみなが)」・「血」→「汗」・「仏」→「中子(なかご)」・「病気」→「慰 (やすみ) 」等と言い換えた類いを言う)の一つで、「仏塔」を意味する。]
« 柳田國男 山島民譚集 原文・訓読・附オリジナル注「馬蹄石」(4) 「白馬ヲ飼ハヌ村」(2) | トップページ | 南の家北の家 すゞしろのや(伊良子清白) »