赤インキ 清白(伊良子清白)
赤インキ
一日都の町にいで
赤きインキを求めしが
物にまぎれて妹の
玩具(おもちや)の中に忘れけり
赤きは魔性(ましやう)、柔らかき
おゆびの先に觸れてより
擅(ほし)いままにも掌(てのひら)の
淸きを染めて憚らず
とまる蒼蠅(さばへ)のあとにさへ
玉なす汗は涌くものを
毒ある色の沁(し)みいらば
幼きものは安からじ
其子怪しく熱を病み
惱めるさまも見えずして
七歲(ななつ)といふに兒櫻(こざくら)の
花の蕾は萎(しぼ)みけり
執(しふ)ねき祟、白妙の
柩衣(かけき)に色を認めしが
兄の犧牲(いけにへ)幼きは
眠るが如く逝きにけり
[やぶちゃん注:初出は明治三六(一九〇三)年二月発行の『文庫』であるが(署名は「清白」)、総標題「淡雪」のもとに本原型「赤インク」(本新潮社刊「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」に収録の際に「赤インキ」と表記を変えた)と先に掲げた「花賣」の二篇を収録している。初出は特に大きな異同を認めないが、思うところあって、以下に掲げる。
*
赤インク
一日洛(みやこ)の町に出で
赤きインクを求めしが
物にまぎれて妹の
玩具(おもちや)のなかに忘れけり
赤きは魔性、柔き
をゆびの先に觸れてより
擅まゝにも掌(てのひら)の
淸きを染めて憚らず
とまる蒼蠅(さばへ)のあとにさへ
玉なす汗は涌くものを
毒ある色の沁(し)みいらば
幼きものは安からじ
其子怪しく熱を病み
惱める樣も見えずして
七歲(ななつ)といふに兒櫻(こざくら)の
花の蕾は萎(しぼ)みけり
執(しふ)ねき祟、白妙の
柩衣(かけき)に色を認めしが
兄の犧牲、幼きは
眠るが如く逝きにけり
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