暴風雨の日老樹の將に倒れんとするを望みて 清白(伊良子清白)
暴風雨の日老樹の將に
倒れんとするを望みて
吹く風强し梢より
幹より飛ぶは何ものぞ
ああ我ならず他(よそ)の樹の
折れて過ぎ行く姿のみ
吹く風烈し根の方に
くづるる音は何ものぞ
ああ我ならず他(よそ)の樹の
裂けて倒れし響のみ
諸肩(もろがた)强くふるはせて
老木の杉は立ちにけり
胸にたばしる風の音
背(そびら)にそそぐ雨の瀧
終日(ひねもす)あらし吹くままに
杉は髻(もとどり)解きすてて
行く雲深し野の上に
秋を亂るる大童(おほわらは)
さかんなるかな暮れかかる
夕べの淵に臨みたる
命(いのち)の猛者(もさ)の立姿
傷手(いたで)に我ぞ淚流るる
[やぶちゃん注:初出は明治三五(一九〇二)年十一月発行の『文庫』。署名は「清白」。初出とは特に有意な相違を私は認めない。]