帆が通る 伊良子清白
帆が通る
浦をすれすれに
明るい帆が通る
(大きな白い花びらの漂着)
面梶(おもかぢ)!
船長の若々しい雄叫(をたけ)び
ぎい、ごとん! 梶の軋(きし)み
帆がくるりとまはつて
船は巧みに暗礁(しま)をかはした
急湍(はやせ)の外のどよみ
甲板で働く水夫の姿は
舞臺の上の俳優の科(しぐさ)を見るやう
順風!
滿潮!
びゆんびゆん帆綱が鳴る
船首(みよし)は潮を截(き)つて急流を作る
船は山に向つてぐんぐん迫つて來る
海深(かいしん)を測る鉛錘の光りが
振り子のやうに水面を叩く
鷗が輪を描(か)きわをかき
灰色の腹を見せ見せ
ぎあぎあ啼き乍ら
船に尾(つ)いて行く
取梶!
帆がばたつく
ぎい!
物の響は靜かだ
船は山を離れて、沖へ
かもめは空しい海を
低う掬(すく)つて飛ぶ
[やぶちゃん注:「船は進む」の私の冒頭注を必ず参照されたい。
「暗礁(しま)」「しま」は「暗礁」二字へのルビ。
「海深(かいしん)を測る鉛錘の光りが」「海深(かいしん)」のそれから、この「鉛錘」はもう、「おもり」ではなく、「えんすい」と音読みしたい。]