花賣 清白(伊良子清白) (初出形)
花 賣(はなうり)
花賣娘(はなうりむすめ)名(な)はお仙(せん)
十七、花を賣りそめて
十八、戀を知(し)りそめて
顏(かほ)もほてるや耻(はづ)かしの
蝮(はび)に嚙(か)まれて脚(あし)切(き)るは
山家(やまが)の子等(こら)に驗(げん)あれど
戀(こひ)の附子矢(ぶすや)に傷(きづゝ)かば
毒、とげぬくも晩(おそ)からん
村(むら)の外(はづ)れの媼(おば)にきく
昔(むかし)も今(いま)も花賣(はなうり)に
戀(こひ)せぬものはなかりけり
花(はな)の蠱(まど)はす業(わざ)ならん
市(いち)に艷(えん)なる花賣(はなうり)が
若(わか)き脈搏(みやくう)つ花一枝(はなひとえ)
彌生、小窓(こまど)にあがなひて
戀(こひ)の血汐(ちしほ)を味(あぢは)はん
[やぶちゃん注:初出は明治三六(一九〇三)年二月発行の『文庫』であるが(署名は「清白」)、総標題「淡雪」のもとに「赤インク」(後に「赤インキ」と表記を変えて新潮社刊「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」に収録)と本篇の二篇を収録。校異に従い、初出形に戻した。「艷」は「孔雀船」の表記に従った(底本校訂本文は「艶」)。ここで一言言っておくと、底本校異ではルビを振らないものと振るものがあり、それに従っているが、底本の校異は或いはルビを完全には再現していないのではないかと感じられる節があり、或いは、ルビの有る無しを校異としては完全には示していない可能性を感ずる。例えば、本篇の場合、初出は、詩集「孔雀船」の数字を除いた総ルビの形ではなく、パラルビなのではないかという疑義が強くあるということである。ここまで電子化してきて、他の詩篇でもそれを強く感ずるからである。実際に「未収録詩篇」所収の『文庫』発表の詩篇群は概ねパラルビである。しかし、『文庫』原本を私は見ることが出来ないので、「孔雀船」のルビは残して電子化している。なお、これについてはくだくだしいばかりで実のない謂いとなるので、ここでのみ掲げておき、向後は繰り返さない。
「蝮(はび)」有鱗目ヘビ亜目クサリヘビ科マムシ亜科マムシ属ニホンマムシ Gloydius blomhoffii の方言。小学館「日本国語大辞典」によれば、採集地を千葉県夷隅郡・三重県南部・大和・奈良県・和歌山県とする。伊良子清白は鳥取県生まれであるが、明治二〇(一八八七)年、父で個人開業医であった政治(まさはる)の一家転住に伴い、満十歳の時に三重県津市に転住しているので、腑に落ちる。]
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